カミュは、待つことに耐え切れず、無礼だとわかっていながらもゆっくりと扉を開いた。ノブを掴む手が震えている。ギィ…とやや重たい木製の扉が軋む不快な音を立てて開く。まるで、カミュの予感を肯定するような不気味な音だ。
薄暗い室内は、ひっそりと静まり返っていた。彼は静かで物音ひとつしないそこへ、一歩、また一歩と足を踏み入れる。わずかな草花の匂いが鼻先をかすめ、数年前、あの庭園でともに楽しんだささやかなひと時の記憶を再び揺さぶり起こす。
室内の暗さに目が慣れ始めた頃、カミュの視線の先に、ベッドがあることに気づいた。粗末な木製の枠に、粗い布で作られたカバーがかかった、質素なものだ。そして、そのベッドに小さな体が横たわっていた。
「ニーナ…」
すべての音が、消えた。そして彼の胸が激しく締めつけられ、同時に全身の力が抜け落ちていく。ふらつく足は鉛のように重く、頭の中で血流が流れる音が雷のように轟き、心臓を握り潰すかのような痛みが走る。喉は焼け付くように一気に渇き、鼓動は早鐘のように高鳴って、耳の奥でさらにどくんと響いた。
冷たい汗が背筋を伝う感覚すらどこか遠く感じる。カミュの視線はベッドの上に釘付けになったままで、他は何も見えなかった。
憔悴しきった顔が、そこにあった。かつて、あの王都で見せてくれていた輝く面影は、見る影もない。ひどく痩せ細り、頬はげっそりとこけていた。目元は隈の跡が濃く、ほんのりと色づいていた唇は乾いてひび割れていた。手首は折れそうなほど細い。シーツに広がった髪には艶がなく、取り立てて飾り気もない、ありのままの女の姿がそこにある。そして、最も彼を打ちのめしたのは、その顔にすでに命のともしびの気配がなかったことだった。
彼の瞳は、室内の明るさにすでに順応していた。その瞳に映るニーナの顔には、もはや生命の輝きは宿っていなかった。静かに、しかしはっきりと彼女の息は止まっていた。色の失せた白い唇は、微かに開いたままだ。まるで、何かを言い残そうとしていたかのように。
「――っ、ニーナ…?」
カミュは、無意識のうちに仮面に触れ、それを乱暴に引きはがした。そこに現れたのは、苦痛に歪んだ男の顔だった。額には脂汗がにじみ、その瞳は絶望に染まり、現実を受け入れるのを脳が、心が拒んだ。
「ニーナ…! 私だ、カミュだ! なぜ、なぜ……!」
彼の膝が崩れ落ちる。もはや立っていられないほど、動揺が隠せない。わなわなと震え、力が抜けていくようだ。それでも震える膝でベッドににじり寄り、戦慄く手でニーナの冷たい頬に触れる。その冷やかさが、彼の心を容赦なく締めつけた。遅かったのだ。あまりにも、遅すぎた。
彼は、今度こそ彼女を救うために来たはずだった。真の愛に気づき、今度こそ彼女のために生き、彼女を守ると誓ったばかりだった。しかしその誓いは、すでに遅すぎたのだ。
ニーナは、カミュの愛が届く前に、この世を去ってしまっていた。ひとりぽっちで、すべてを失って、あんなに望んでいた祖国復興を自らの手で行うことさえ諦めてしまうほどに、彼女は絶望していたのだ。
カミュの心に、深い淵が広がっていく。ニーナのそれとは比べようがないが、絶望が這い寄ってきていた。いまさら仮面を外して真の姿を現したところで、ニーナはもう知る由もない。彼女の瞼はもう開かず、あの瞳はもうカミュを映さない。
「間に合わなかった」という事実が、カミュの心を打ちのめす。全身を駆け巡る絶望感が、どろりとその身に纏わりついて、世界を黒く染め上げる。
愛する女性を、彼は失ったのだ。最初は自らの手で遠ざけ、二度目は懇願に耳を傾けず、三度目は偽りを口にして背を向けた。その結果が、これだった。
もう、二度と聞けないニーナの声が、わからなくなる。彼女は、どんな声で自分を呼んでいただろうか? あのとき、あの祭壇で、見上げてきた瞳は、確かに自分を探り当てて、わかってくれていたのに。
チャンスは何度もあったのに、その手を取って、彼女に微笑むだけで、きっと良かった。訪れる機会をことごとく逃して、見ぬふりをして、沈む瞳と向かってくる愛情を自分だけが感じ取って、胸の奥を熱くさせてくれていたのに。間違いなく同じだけの熱量を持つ愛が、この胸にあったのに、それを伝える機会を、カミュはとうとう失ってしまったのだ。
ニーナが死んだ。その事実は、彼の心を深く、深く蝕んでいった。