バナード・メアの行く

 交通の要衝、寒冷な土地柄のわりにはある程度農作物が育ち、街道も整えられ、目立った諍いもない、内戦状態にある割には比較的平穏であろうホワイトランにある市場の傍に、バナード・メアはある。
 やや古びた造りの木造建築は、多少の隙間風が入って来るが、絶えず焚かれた火によって室内は気持ちの良い温度に保たれている。広い室内は酒場、調理場、宿屋を兼ねており、平時なら昼日中からとても賑わっていた。
 はずだった。
 内戦が勃発してからというもの、遠方から訪れる旅人もまばらになり、治安は悪化の一途を辿っている。そのせいで、ホワイトランにおいて信仰の対象であるキナレス聖堂とその横に植わったギルダーグリーンに参拝する信者の数も少なくなり、あんなに賑わっていたのが嘘のように閑散としている。
 戦士や兵士、腕に覚えのある者の類は多くが内戦に参加している。彼ら信者を護衛する手が足りないのだろう、そのせいでそれらしき人を見るのも稀だ。
 キナレスの信者たちや護衛の人、街道を利用する商人や農民、旅行者、そんな人々で大いに賑わっていたのが嘘のようだ。そして、そんな彼らがよく利用していたのがバナード・メアであり、酔いどれハンツマンだった。
 あちらはまだいい。市場にいるアノリアスがよく鹿などを狩っているから、食材には困らないし、ボズマーらしく手製の弓矢を作っては売買したりしていた。酒場も兼ねているから、実入りはずっといい。
 それに比べて、とフルダは疲れた顔で室内を見渡した。
 今ここにいるのは、ホワイトランきっての問題児ばかりだ。
 荒くれ者のウスガルド、女と見れば目の色を変える吟遊詩人のミカエル、呼ばなければ動かない給仕のサーディアに、ちょくちょく外出していくオルフィナ。
 ウスガルドはほぼ1日中入り浸り、ミカエルは女を口説いてはひと悶着を起こす。この二人だけでも問題が大きいというのに。
 軽い頭痛を覚えて眉間に皺を寄せたフルダは、疲労感を感じて、何度も思案している事柄に思いを巡らせた。
 ――イソルダ。
 商人になりたいの、と微笑む若いノルドの娘は、気概があり、商売に命をかけている。彼女になら、このバナード・メアを譲ってもいい…と思うが、何とはなしに決断しきれない。
 理由はわからない。
 バナード・メアに愛着を持っているのは確かだが、こうも閑古鳥が鳴き、碌に宿泊客も入らない中での経営はきついものがある。
 何とか保っているのは、夜に酒場に訪れる客がまだいくらかいてくれるからだが、ペレジア農園の収穫に影響が出てくれば一気に経営は落ち込むだろう。
 絶えず燃やす薪の代金、酒場を利用する客に出す酒や料理の原材料費、そして人件費に、暴れた人が壊したものの修繕費……出ていく金の多さは考えたくもない。
 せめて、内戦が早く終結するか、あるいは………
 ささやかな希望を持ちつつも、膠着状態のまま、戦争は終わりそうもなかった。
 ああ、でも。
 最近、ストームクロークの首長が捕まったとかいう噂がある。もしそれが真実なら、この内戦は終結に迎えるだろうか? そうすれば、客足も戻って来るだろうか?
 爆ぜる焚き火の飛び散る火の粉をぼんやりと眺めながら、フルダは古びたカウンターを撫でた。
 もう少し、頑張ってみようか。
 そう思ったフルダの元に、たくさんの薪を抱えたよそ者が現れるまであと数日。

ドヴァーキン到着前の話