ロリクステッド

 先行きは長い。とっぷりと暮れた薄暗い街道を足早に進みながら、かじかむ手をすり合わせて、深いため息を吐きだした。
 白く濁る吐息はすぐに後方に消える。それに意識を奪われぬうちに、起伏の激しい街道をようやくの思いで抜けたが、やはり先は長いのだ。
 このあたりには泊まれる場所はおろか、人里すらない。もっと歩かなければ、それらしき家屋もない。だだっ広い草原が広がり、そのはるか向こうにロリクステッド、東の方へ足を向ければホワイトランがある。どちらにせよ、まだ距離がある。
 気の遠くなるような感覚を覚えて首を振る。歩いていればたどり着けるのだ、急がねば
 とはいえ、朝からがむしゃらに歩を進めた脚は重だるい。むくんでブーツがきつく、一刻も早く脱いでしまいたかった。背に負った荷物も疲労に拍車をかける。食料、着替え、寝袋、水筒、薬の類に取引商品。金は少ないが、幸い先程のひと悶着で多少の路銀は得た。これで、ロリクステッドかあるいはホワイトランで一晩の宿泊と簡単な食事くらいは得られるだろう。
 それにしても、と背後を振り返る。
 夕闇に紛れて、不埒な連中が襲いかかってきたときは肝を冷やした。順調な道のりで気が緩んでいたのもあって、あと少し対処が遅れていたなら大怪我を負っていただろう。幸い、輩の身に着けていた鎧が不意にガシャリと音を立てたので気づけたのが幸いだった。とっさに抜いた剣で、振り被られた剣を受けることが出来た。
 じんと痺れた腕をがむしゃらに振るって、怯んだ相手の隙をつく。蹴とばして、たたらを踏んだところに反撃する。ぎゃ、と濁った苦痛の呻きが聞こえ、ふらふらと崩れた身体に気をやる暇もなく、続く輩が襲いかかってくる。とっさに身をかがめて、頭上をぶん、と鉄の塊が横切った。冷や汗を掻いて、握りしめた柄に力をこめる。
 突き出した剣に鈍い感触がして、鉄さびのにおいが鼻先を掠めた。
 吐き気がする。ぐらりと傾いでくる重みを受ける前に、腕を引いた。
 気づけば、あたりに転がる事切れたヒトだったものが数体。何とか撃退出来たのだと、はっきり認識できるまで数十秒を要した。
 荒い息を整えて、生き延びたのを実感できる頃には、茜色はもうずいぶん薄れていた。松明に火を灯して、あたりを照らす。見てくれはどうも山賊のようだと、人相の悪い悪漢どもを確かめて、懐を探った。
 どちらが賊なのだか、と自嘲しつつ、少ない小銭を拝借して懐に収めたのは記憶に新しい。そして、街道を行き来するのに邪魔な彼らをひとまず街道の端の草むらに追いやった。そのうち、野生の肉食動物の腹にでもおさまるだろう。そう踏んで、酷く重たいそれを運んだために、余計に疲労感が増している。
 こんなことがあったものだから、なおの事あたたかい家屋の中に早く入ってしまいたい。というのに、今現在の場所と来たら。
 最悪、野宿もやむなしの状況とはいえ、こんな隠れる場所にも乏しいところでは、何が起こるかわかったものではない。
 鹿にヘラジカ、ウサギやキツネならまだいい。問題は彼らを狩る肉食獣、そして最近治安を悪化させている賊の類やこの世に在らざるものだ。
 多少腕に覚えがあるとはいえ、囲まれたり不意をつかれれば対処のしょうがない。まして、疲労困憊で寝入っているときなどは特に。
 こんなとき、同行者がいればと後悔しても、もう遅い。
 はあ、と再び深いため息を漏らして、引きずるようにして足を動かす。地図によれば、ロリクステッドの方が距離的には近いはずだ。今から頑張って歩けば、夜中にはなるだろうが何とか到着することは出来るだろう。
 宿が埋まっていなきゃいいが…と一抹の不安を抱えながら、明かりもない街道を進む。石畳を踏み鳴らす音と、風が吹いて草が揺れる音色だけが、静かな夜に響いている。
 夜闇にマッサーとセクンダのほの暗い明かりが、静かに注がれている。落ちた影が、とぼとぼと後をついていっていた。

まだドヴァーキンではない、旅人の話