旅の始ま

 冷えきった手がぴくりと動き、俯けていた目線を慌ててあげたミラークは、微かな呼吸音を耳にしながらのろのろと持ち上がった瞼を認めて、慌てて覗き込んだ。
「ドラゴンボーン」
 喉の奥がひりつき、呼びかけた声が掠れる。それでもそんな弱々しい音色を拾ったドラゴンボーンは、そんなミラークよりもずっと小さな声で、その喉を震わせた。
「ミラークさん…」
 アポクリファであれほどミラークを圧倒した声秘術を発したのと同じとは思えない声だった。
 あまりの変化に、握っていた掌に力を込めたが、握り返してはくれない。
 ミラークの手に納まっている彼より小さな手はどんどん熱を失っていた。それを許すまいと握っても、きっともうその手がミラークの手に自ずと触れることはないだろう。そうわかっていても、ミラークはきつくその手を握った。
「ごめん、なさい。…………もっと、一緒に…………………旅、を……」
 もっと一緒に旅を。
「しているだろう。そしてこれからも、一緒に旅をするんだろう、ドラゴンボーン」
 言いたいことはすぐにわかった。けれど、もうドラゴンボーンは発する言葉を過去形にしようとしている。それを遮るように、ミラークは言った。
 ともに行くのだ、と。
 青白く、ぬくもりを失っていくドラゴンボーンに、もはや聞こえているかも怪しいが、それでも言わずにはいられない。
「何処へでも行けるぞ、ドラゴンボーン。お前が望む所へ、何処までも」
 歩いたり馬に乗ったり、時には馬車に揺られて。人里離れたところではこっそりサーロタールたちを呼んで、大空の旅をしよう。
「私一人ではつまらないからな。だから、お前も」
 一緒に。
 微かに動いた気がする唇は、確かにそう告げていた気がした。
 しゅうう、と光が吸い込まれていく。仄かに光った肢体は、瞬きの間に骨と化し、完全にぬくもりを失ってしまった。からん、と音を立てて、手のひらから零れ落ちたそれが、沈黙する。
 ぐう、と喉の奥が鳴った。仮面の奥で、滂沱の涙が溢れていた。
 唇を噛みしめ、浅い呼吸を幾度か繰り返した後、ミラークは己の胸に手を当てて、呟く。
「さあ、行くぞ、ドラゴンボーン。新しい旅の、始まりだ」
 その声に返事はない。
 それでも立ち上がったミラークは、ゆっくりと歩き出す。一緒に旅をする、それが約束だから。