庇護という名の光と

■「庇護」という名のやさしさと檻 ― 紫の上・玉鬘・ニーナ姫のこと

 同じ日本という国に生まれた物語、形は違えど生み出されたその素晴らしい物語の中で、生き生きと息づき人々の胸に爪痕を残す女性たちがいる。
 一見すれば、まるで異なる時代に作り出されながらも、人々を惹きつける魅力に溢れた三人の女性たちは、みな、「庇護」という運命に身を預けて生きてきた。

 それはときに優しさであり、檻であり、何より失ったときにその重みがどれだけ堅固であったのか、初めて知ることになる。静かに彼女らを支えてきた支柱は、彼女たちをどんな運命へ導いただろうか。
 比較として私が選んだのは、「源氏物語」の紫の上、玉鬘、そして…「ファイアーエムブレム」のニーナ姫である。


■紫の上:愛されることで、永遠に閉じ込められた人
 幼くして源氏物語の主人公である源氏の君に引き取られた彼女は、「女として」というよりは当初、「藤壺の女御」の写し見――面影を重ねた源氏の君に育てられた。「理想の女性」を育て上げる、そんな意図が見え隠れする中で、彼女はそれを敏感に察していたように見える。
 父のようで、兄のようでもある源氏の君。やがて彼は保護者の仮面を脱ぎ捨て、彼女を実質的な妻として迎え入れた。保護者は恋人となり、そして彼は彼女を、深く、篤く、庇護した。
 紫の上の暮らしは、美しく整えられ、華やかで穏やかだった。向けられた愛も誰よりも深かったに違いない。

 しかし――紫の上は、源氏の君に愛されることでしか自分の存在を確かめられなかった。彼の心が他の女性によって揺らぐたび、その安定は揺らぎ、心はひび割れ、女三宮の登場で決定的に崩れ落ちてしまう。幸福に満たされていた女性は、崩れた心の中で必死にもがきながら、それでもなお源氏の君を責めることができなかった。
 最後は出家を願い出るが、それも叶わない。許されない。源氏の君の愛の庇護は、強固で優しく、苦しく、そして檻のようでもあった。
 だから彼女は最後まで源氏の君を愛したまま、静かにその生を終えたのだ。
 幸福だったかもしれない。けれど、決して自由ではなかった。永遠に、源氏の君の愛に閉じ込められ続けたのである。



■玉鬘:血と愛に翻弄され、希望に縋った人
 玉鬘は不遇な境遇のもとで育った女性だった。父はわからず、母は早くに亡くなり、庇護を受けるのが長じてからという特殊な境遇の生まれの美しい女性だ。
 彼女はやがて、数奇な運命に導かれて、六条院(源氏の君の後年の呼称)の庇護を受ける。そうして初めて、彼女は自分自身の人生を歩み始める。
 実の父・頭中将との再会も果たし、六条院の愛と父親との縁という二重の後ろ盾を得た彼女は、やがて多くの男たちから望まれる存在となった。――しかしそれは、彼女にとっては幸せではなかった。
 六条院は、玉鬘を冷泉帝の尚侍として出仕させ、自らの手元に置こうとしていた。
 冷泉帝もまた、彼女に強く心惹かれていた。
 さらに、六条院や頭中将との縁、そして玉鬘自身の美貌を狙って、数多の求婚者たちが押し寄せてくる。
 望まぬ注目に晒されるなか、心が定まらないままに日々が過ぎ、気づけば――髭黒大将に、半ば強引に妻とされていた。
 ほんとうに歩きたかった道さえ見つけられないまま。
 失ったものは多かった。愛も自由も、名誉すらも望んだ形では手に入らず、彼女の意思の外で決まってしまった。
 しかし、そんな彼女に残されたものがある。ちゃんとした形で見つめなおし理解した夫、髭黒大将が向けてくる不器用な愛、残された先妻の子どもたち。その愛に彼女は初めて向き合い、決断を下すことができた。そして、未来が残ったのだ。先妻の子たち、そして髭黒大将との間に生まれた新たな命が――

 だから彼女は、六条院や頭中将の庇護を失ってなお、髭黒大将たちとの「これから」に縋って、生きることを選んだ。
 後に髭黒大将が亡くなり、庇護が消えた後も、抱けるもの、「子どもたち」という未来があったから、彼女は立ってこられた。

 彼女は本来、冷泉帝の尚侍として宮中に出仕する道も残ってはいた。
 けれど、玉鬘はその道を選ばず、髭黒大将との愛と、母となることを選んだ。
 その決断は、やがて宇治十帖の時代において、困窮と孤独として描かれる。夫亡き後の庇護なき女性の暮らしぶりとして。
 玉鬘が望んだ人生は、最初は他人が強引に与えたものだった。しかし、最後は自分がその道を選び取った。未来を受け入れるひとりの女性のしなやかな生きざまが、そこに描かれている。



■ニーナ姫:愛されながら、静かに消えていったひと
 アカネイア聖王国の王女ニーナ。彼女もまた「庇護」される存在だった。
 父王の権威、王家の血筋という後ろ盾に加え、彼女には愛による庇護も与えられていた。けれど、その庇護はあまりにも儚く、次々と失われていくことになる。

 戦争は、ニーナから父親を奪った。ドルーア帝国の手により処刑されたその瞬間、彼女は親からの庇護、権力の庇護を同時に喪失する。
 自ら命を絶とうとしたそのとき、救い出したのが、敵軍に属していたカミュ将軍だった。彼は帝国の命に背き、命を懸けてニーナを匿い、守り、王女としての尊厳と自由を取り戻させた。
 やがてふたりの間には静かな愛情が芽生える。けれどそれも長くは続かない。ニーナの引き渡しを要求し続けていたドルーア帝国側がついに痺れを切らし、軍を派遣したのだ。
 カミュはニーナを守るため、命を懸けて戦う事になる。捕らえられれば、ニーナは命を奪われ、自身は裏切り者として裁かれる。それがわかっていても彼は、愛する女性のために立ち上がった。
 この時の彼は確かに愛が勝ったように見えた。しかし、最後には彼の人生のすべてである祖国への忠義が枷となり、彼女への愛を抱えたまま殉じる事になる。彼が発した言葉にすべてが現れている。「臆病な私を許してくれ」、ここに彼のすべての苦悩が現れている。

 次に彼女を庇護したのは、ハーディンだった。亡命してきた縁戚の姫君を迎え、マルス王子とともに帝国と戦い、勝利した彼は、ニーナに選ばれ夫となる。
 ニーナを深く愛し、国を再興しようと尽くした彼だったが、自らの弱さに呑まれ、ついには暴君と化して命を落とす終焉を迎えた。

 その後に残されたのは、ただ「愛の記憶」だけだった。
 カミュの愛も、ハーディンの献身も、最終的には彼女には残らず零れ落ち、竜の祭壇では、かつての愛の記憶すら、粉々に砕かれてしまう。
 それでもなお、彼女は静かにすべてを受け入れた。もうそれが「叶わぬもの」だと理解してしまったから。
 紫の上のように「永遠の愛」に縋ることもできず、玉鬘のように未来を託す子を持つことも叶わなかった彼女は、ただ、愛された記憶と誇りを胸に――そっと、静かに消えていった。

 守られてきた姫が、最期に初めて選んだのは、孤独の道だった。
 哀れではある。だが、それこそが、彼女なりの精一杯の結論だったのだ。



■おわりに
 紫の上は、愛という檻の中で生き続けた。
 玉鬘は、子という希望によって、この世に留まり続けた。
 そしてニーナ姫は、カミュやハーディンによって守られ、それが彼女の意思とは無関係の場所で失われていき、やがて打ち砕かれた後も――ただ静かに、誇りを持って、立ち去ることを選んだ人だった。


 庇護とは、いつまでも続くものではない。
 それを失ったときに何を残せるか。何を手放せるか。
 その選び方が、彼女たちの人生そのものだったのかもしれない。

「庇護」をテーマに色々考えていたとき、玉鬘の宇治十帖でのシーンが思い浮かんで、それがきっかけで書き始めたものです。
 さらに「アウグステ・カロリーネ・フォン・ブラウンシュヴァイク」も含めようか考えたりしましたが、彼女の受けた庇護は「愛」でも「血縁」でもなかったのと、エカチェリーナ2世が関わってくるので、若干違うなと思って除外しました。かなり悲惨な人生を歩んだ女性なので、気になる方はぜひ。