凍てつく国境を越え

 グルニア黒騎士団を束ねる若き将軍カミュは、滅びたアカネイア王国のただひとりの生き残り、ニーナ王女を前に、内心で困惑していた。
 敵国の姫であるはずの彼女に、一目で心を奪われてしまったのだ。その青い瞳に宿る、決して折れまい、負けまいとする強い意思と、時折垣間見える儚げな容貌。震えているだろう身体を叱咤させ、涙に潤んだ瞳で凛とこちらを見据える小柄な彼女の姿とありようが、カミュの常に冷静であり続けてきた心を大きく揺さぶっていた。
 だが、自分は彼女の国を滅ぼした軍の一員であり、彼女の父の処刑を執行した指揮官でもある。間違いなく憎まれているに違いない。
 ニーナの澄んだ瞳が、自分の姿を捉えるたびに、この身が凍りつくような気さえして、カミュは一切の感情を押し殺して冷静な仮面を貼りつけていた。
 若き将軍の心の奥で、いまだかつて感じたことのない熱が燃え上がり、その身を焼こうとしている。



 一方、ニーナ王女もまた、目の前のカミュ将軍に囚われていた。大陸一と名高い名将カミュ、冷徹だと噂される彼が時折見せる憂いを帯びた瞳や、思いのほか優しい声に、抗えない魅力を感じていたのだ。
 彼の整った顔立ち、無駄のない動き、そして何よりもその力強い視線――出会った瞬間から、ニーナの胸はざわめき続けていた。
 しかし、アカネイア王国の王女として、彼が自分を助けてくれたのは、ただの義務感に過ぎないだろう。彼の祖国には、とても長い間、酷いことをしてきたのだ、我が祖国は…。憎まれて当然の立場に、彼女はいる。
 自分に言い聞かせながら、ニーナは乱れがちな鼓動を必死で抑えつけた。毅然とした態度を崩してはいけない。王女として、立派に生き抜かなければ。



 互いに惹かれあいながらも、敵という立場が、二人を高く分厚い壁で隔てる。会話は常に形式的で、軍議や報告が中心だった。そこに色恋沙汰が入り込むような隙などあるはずもなく、感情の一片も含まれていないような声で互いを呼び合うしかできない。
「将軍」「姫」と決して呼んではいけないとでもいうかのように、彼らは頑なに肩書きのみで相手を呼ぶ。しかしその裏では、互いの視線が交差するたびに、胸の奥がきゅうと締めつけられるのを感じていた。それは、切なくも甘い痛みだったと、後に気づくのだが――今の二人には、わかるはずもなく…