番 02




 あれは――……
 あの出来事は、きっと夢で。
 目を醒ましたらいつものように、からっぽ島を開拓したり、みんなとワイワイ収穫したり、お店の品物を見てまわったり……そんないつも通りの日常が待っているんだ。
 ふわり、と身体がゆらゆらと揺らめく。意識が深い眠りの底から覚醒へと促されそうで、未だに眠りに落ちていたい、そんな曖昧な境界線でビルドは考える。
 浮上しかけの意識の中、信じたい気持ちだけでいっぱいだ。
 だって。
 だって、何よりも大切な相棒と、あんなこと。
 ――…あんな?
 そこまで考えて、ビルドの意識は覚醒した。と同時に、瞬時に蘇る鮮やかな記憶。
 無我夢中で口走った台詞、薄闇のなか絡みついた肌と肌、奥の奥まで暴かれて乱され注がれた熱と、未だに思い出せてしまいそうな強烈な快楽。
 途端にぞくぞくと背筋を弱い震えが走り、どろりと何処かが蕩けていく。
「あ……」
 夢じゃない。
 夢なんかじゃなかった。
 あれは、
 あの出来事は、
 完全に思い出して、ビルドはとっさに口元を覆う。そうでもしなければ叫んでしまいそうだった。
 自分はあのとき、何を言った?
 大切な相棒相手に、どんなことをした?
 正気じゃない。ありえない。こんなことあってはならない。
 なのに、鮮やかな記憶が脳裏に浮かぶたび、ビルドの身体は熱を帯びていく。
 身体が震える。それはいけないことをしてしまった恐怖と、別の何かが複雑に入り混じったそれだ。
 震えが止まらない。
 熱が、上がっていく。覆った口元から零れる吐息が熱い。腰の奥が疼いて、ぐずぐずになっていくのがわかる。
 ひどく恐かった。
 そして、それ以上に欲しかった。
 何が?
 自問する。
 簡単だ。
 何かが答える。
 それは?
 ――ソレハ―――………









 自分の身に何が起きたのか、明確に理解できてはいない。
 ただ、わけのわからない事態に、ビルドともども巻き込まれたのは確かだった。
 漂ういい香りに気づいたのは自分だけで、他の誰も気づかなかったのがそう判断した理由だった。現にビルドがぐっすりと眠っている間にみんなの様子を見に行ったが、同じようなことが起きた気配など欠片もない。からっぽ島はいつも通りだった。
 なら何故、自分とビルドだけがこんなことになったのだろう。
 シドーは昨日起きたことを考える。
 琴線に触れる香りに誘われて向かった先で、その香りを纏わりつかせるビルドを見た。その瞬間跳ね上がった鼓動と身体に起きた異変は、思い出すだけでシドーの思考を蕩かせる。
 あのときまで、確かにビルドは頼もしい相棒だった。彼を困らせる存在は片端からぶっ倒してやると誓えるほどに。同時に可愛い存在でもあった。でも、その感情に明確な名前などついていない。それは友情であり、広義的な家族愛に近かった。……はずだ。
 それが、どうだろう。
 あの香りに狂わされ、シドーはビルドを抱いた。
 誰かと身体を繋げる、そんな術など今まで知らなかったのに。否、知識さえなかった。欠片ほども。シドーが知っていたのは、手を繋げることやハグをすること。親愛を込めて頬をくっつけたりすることくらいだ。
 それなのにあのとき、シドーはどうするかを知っていた。身体が勝手に動いたともいえる。
 何処にどう触れて、どう繋げればいいのか。
 何処を攻めて擦り、追い上げていけばいいのか。
 まるで手に取るようにわかり、そうした。
 すると、どうだろう。
 ビルドが、啼いた。甘く切なく喘ぎ、細い腕で縋りついて、シドーを呼んだ。
 たまらなく愛おしく、可愛く、いじらしかった。そのとき感じて得た感情は、今もシドーの中で息づいている。
 不意に、眠っているはずのビルドが気になった。誰もいない家屋に一人残してきた彼は、まだ寝ているだろうか。散々抱きつぶしたのもあり、疲れきって憔悴した彼を起こすのも無理に移動させるのも忍びなく、またあの状態のビルドを誰かに見せるのも憚られ、置いてきたのだ。出てくる前に一通り室内を見てまわり、作りかけの家で寝泊まりするつもりだったのだろう、ぽつんと置かれたベッドに寝かせてきたのだが。
 身体は大丈夫だろうか。目が醒めて、心細くなっていないだろうか。
 ひとたび気になれば、いてもたってもいられなくなった。くるりと踵を返し、急いで走る。ビルドに合わせた速度でなく、シドーの全力で駆け抜けた。
 あっという間に風景が変わる。のどかな農地から、緑豊かな森林部へ。まるで隠れ家のように木々に遮られ、ひっそりと佇む家へと。
 さわさわと風に揺られて木の葉が揺れる。何事もなければ心落ち着かせる風景だ。外に椅子を持ってきて、木漏れ日の中ゆったりしたいとさえ思わせる。
 けれど、シドーは家に近づくにつれ、鼻孔を擽るにおいが強くなってきたことに即座に気づいた。否、正確にはビルドが気になった時点で、その香りに無意識に気づいていたのかもしれない。
 不思議なことに、ビルドが意識を失っている間、この香りはほとんどしなかった。名残りさえなく、香ったのは純粋にビルド自身の体臭だけだ。なのに今、これだけの香りがするということは、つまり。
「ビルド!」
 がちゃりと迷うことなくドアを開ける。ぶわり、と香りがシドーに襲いかかった。途端に思考が蕩かされていく。
 ぐ、と小さく唸り、シドーはとっさに腕で口元を塞ぎ息をつめた。けれどどうやらそれは無駄だったらしい。先程まで冷静だった思考が乱され、身体が熱帯びていくのがわかる。身体の中心が芯を持ち、硬くなった。
 まさしく、異常事態だ。
 香りひとつでこうなるなんて、ありえない。おかしな何かが、自分とビルドを襲っているとしか思えない。何故だ?
 片端からまともな考えが欠落していく中で、シドーは必死に考えた。
 しかし、何も思い浮かばない。思い至る前に押し寄せる欲望が、それを打ち消していく。
 は、と熱い呼気を漏らして、シドーは歩き出した。向かう先は考えなくてもわかる。においが導いてくれる。
 ドアを開けて止まっていた歩みが再開する。一歩目はまろぶように、二歩目は大股で、五歩目には走っていた。
 迷うことなく目的の部屋に到着する。ノックなどしなかった。壊すかと錯覚する勢いでバン、とドアを開け、より濃くなった香りの襲撃を受けた。
 どろりと理性が瓦解する。
 目の前に、美味そうな肢体があった。熱を持て余した裸身がベッド上で乱れている。
 白い両脚が哀れに震えて、ぴくりとときおり跳ねていた。顔は赤らみ色づき、桜色の唇からあえやかな声音が零れる。爪先が白いシーツを彷徨い、皺を刻んでいく。くち、と微かな水音が衣擦れの音に混じり、細い指が窄まりに呑みこまれている。
「ん、ン……ぅ……っ」
 切なげに眉が寄り、唇を噛みしめる。しかしそれはすぐに解け、赤い舌をちらつかせながら熱帯びた吐息を吐いては、戦慄いていた。
 ぐらりと眩暈が襲いかかる。
 明るく朗らかで、笑顔を絶やさないビルドが。こんな。
 二度目とはいえ、衝撃的だった。けれどやはり、目が離せない。それどころか、もっとこんな姿を見たくて仕方がない。もっともっと乱れさせたい。
 固まっていたのは、果たしてどれくらいだったのか。数分か、それとも数秒にさえ満たない刹那の時間か。
 物足りないのか、欲しい場所に届かないのか。耐えきれないように、ビルドがぼろりと涙を零した。色づく頬を伝うそれにハッとして、シドーは硬直から解き放たれる。乱暴にドアを閉ざしてベッドに駆けよれば、潤んだ瞳がシドーを捉えた。
「しどー………」
 幼い口調が胸を衝く。けれどその口振りとは裏腹の色気にあてられる。思わず伸し掛かり、見下ろす体勢になった。
 ごくりと喉が鳴った。妙にその音が大きく耳元で聞こえる。
 震える細い指先がシドーの手を掴む。火照って熱いそれが、欲しい場所へとシドーを導いた。
「は、ぁ……あ、しどー……、はやく……」
 求める言葉さえ幼い。けれど示された場所は昨日の名残りか、はたまた一人遊びの結果か、もうすでに熟れている。どくどくと血液が集中していき、はち切れんばかりに勃ちあがる。
 布地を持ち上げる熱量にビルドが気づいた。自分を慰めていた手が止まり、どろどろに蕩けた瞳がそこを確かめる。ややあって、シドーのそれより小さな手がもたつきながら下肢を覆う布地を払った。
「…ぐ、う……」
 勢いよく飛び出したそれを、ビルドの手が包み込んだ。すでに十分育っているのに、ゆるゆると扱かれてはたまらない。何より、それだけでは物足りない。シドーも、ビルド自身も。
 もうどうすればいいのかわかっていた。
 そんなシドーの耳に、とどめの一言が届く。
「はやく……入れて…」
 ぶちりと、血管が切れたような気がした。





 凄かった。
 ただ、すごい、だけが出てくる。
 熱い杭に串刺しにされているような錯覚を覚える。けれどそれは凄まじい快感だけをもたらして、ビルドを泣き叫ばせた。
 ぐちゅぐちゅと淫らな水音が鼓膜を震わせるだけでなく、体内から響いてくる。その音に気を狂わされそうなのに、奥を突かれるたびに頭のてっぺんまで突き抜けるような快感が、ビルドを繋ぎとめていた。
「ひ、ぅ……っ、あ、……あ……っ、あ、ンっ」
 見上げる先には、精悍な顔をぎらつかせて、まるで獣のようにのしかかってくるシドーがいる。そんな彼に組み敷かれて、思うまま突かれるのがたまらなく悦い。
 自分とは比べ物にならない太さの性器が、白濁を纏わりつかせて呑みこまれていく。さっきシドーが出したものだとわかれば、よりいっそう熱が増す。
「……っ、ビルド? 何を考えた?」
 一瞬息をつめたシドーに問われる。おそらく無意識にビルドの中が締まったのだろう。不意打ちをやり過ごして、答えさせられる。黙り込むことなど許されない。
 さっきまで的確に弱いところに当てられていたものが、意地悪をするようにずらされる。途端に物足りなくなり、腰を揺らめかせてそこへと求めるが、掴む指先が食い込むほどにがっちりと固定され、それはかなわなかった。
 ふるふると首を振り、もっと、そこじゃない、と強請る。欲しいのはそこじゃなくて、腹側のところだ。
 けれどやはりシドーは先程までの激しさが嘘のように、緩やかでなおかつ外した場所を突く。
 降参するしか道は残されていなかった。主導権はシドーにある。
「しどーの……出したの、もっと…ぼくの、なかに………」
 もっと欲しい。
 もっと出して。
 そう思えば思うほど、きゅう、と胎内にあるシドーを食い締める。
 どくどくと脈打つものが、どくりと反応したのが直に伝わった。よりいっそう大きくなったのがはっきりわかり、嬉しさと恥ずかしさで指先まで痺れてしまう。
「あぁ……っ、おっきい、の、……だめぇ……っ!」
 苦しいくらいに大きいそれが、ぐちゅんと一気に最奥まで埋まった。
 目の前がちかちかと瞬き、一瞬呼吸を忘れる。その衝撃から立ち直ってないのに、シドーのそれがすぐに引きずり出され、また勢いよく埋められる。今度はじれったい場所ではなく、弱いところを巻き込んでいたから、快楽は数倍増しだった。
 先に出した精液をなすりつけるようにも動かれ、ぐちゅぐちゅと聞くに堪えない水音がさらに響く。
 凄い。
 何もかもが凄い。もみくちゃにされて、滅茶苦茶にされて、何もかもが呑みこまれていく。
 感じるのは強烈極まりない快楽と、シドーの荒い息遣い、そして取って食われそうな激しい口づけと、それから。
「あ、あ、あぁ……っ、しどー……っ、しどー……! すき……好きぃ……っ」
 必死に縋りつき、真っ白になっていく。口走った台詞の内容など、理解もしていない。
 何も考えていられない。
 熱い。
 熱い。
 どくん、
 ―――すべてが奔流に呑みこまれていった。