うたかたの夢のごときこの世界に、新たな存在を招致することには、些かばかりの不安があった。
 しかし、破壊神の復活には、その表裏一体の力である創造が必要不可欠だ。今は弱々しく、不安定な力しか残っていない我が神にとって、その力の真逆に位置する力を持つビルダーは、どうしても招き入れなければならなかった。
 苦渋の選択とまではいかない。だが、苦々しい気分は確かにあった。
 破壊神と自分を倒した人間という弱い存在に、力を借りねばならなかったのだから。
 遠く、うたかたと現実の世界の狭間に船が通る。魔物の気配色濃いそれは、壊滅状態の我が教団の残党のものだとすぐにわかった。そして船内には、僅かばかりの人間の気配もする。
 興味を惹かれ、どれ、と様子を伺う。数名の人間が牢に入れられ、そのうち一人は倒れていた。まだ大人にもなっていない、子供だった。
 おもむろに牢の外に連れ出されるその子供。背負っている分厚い本が気になったが、それよりも「見習い」という言葉が引っかかる。
 ふむ、見習い。見習いか。
 未熟な存在だ、と候補に挙げるのは避けるべきものだ。それでも何故か、この子供から目が離せない。
 魔物の中にあってなお、怯えずに、むしろ楽しむようにその力を発揮する。恐れもせず、嬉しいとまで言ってのける。
 もしかしたら、この少年であれば――このうたかたの世界で、恐れおののき絶望することなく、その力を遺憾なく発揮するのではないか――
 そんな予感がした。
 多少の迷いはもちろんある。こんな子供に、創造の力が果たしてどれほどあるのか。だが、熟練した大人は船内にはいないようだ。ならば、選び取るのは一人しかいない。
 決断は早かった。
 力を振るい、狭間の海からうたかたの世界へと船ごと招き入れる。荒波に揉まれ、引きずり込まれていく様を眺めながら、ふと。
 大切な破壊神に抗えぬようにしなければ、と思った。
 獣の世界にあるように。絶対的な強者に逆らえぬよう、命令されれば破壊神の言いなりになるよう。そのついでに、破壊神の暇つぶし――享楽の相手にもなるように、うたかたの世界のルールを作り変える。
 そうしながら、何故か嫌な予感がふと顔を覗かせる。
 否。
 否。そんなはずはない。
 あの見習いは今後、破壊神の命令通りに動くのだ。そして我々の復活のため、この世界に創造の力を満たさせる。
 破壊神の復活は近い。
 そう信じて、ハーゴンはうたかたと現実の狭間から離れていった。





 からっぽ島に流れ着き、シドーやルル、しろじいに巡り会い、荒れ果てた島を開拓すべく、毎日がむしゃらに過ごしていた。
 今では荒れた島には緑があふれ、さわやかな水に満ちて、のどかな風景がそこここで見られるようになっている。
 ひび割れた土に水が染み渡り、栄養を含んだそれに生まれ変わって、緑萌える草地へと変わっていく様に、感動すらしたものだ。最近ではちらほらと花も咲くようになり、何処からか、鳥や虫も見られるようになってきた。
 緩やかに様変わりしていく風景に満足する。まだ奥地の方までは手を入れられていないから、今後そっちにも行かないとな、と計画を立てる。
 何処に何を、どんな風に配するか。考えれば考えるほど、楽しくて仕方なかった。
 幼い頃から夢を見ていた、色々なものを作れることが嬉しかった。
 作り出したものが、誰かの役に立つ。誰かの笑顔を呼び起こす。こんな嬉しいことはない。
 いつもニコニコ笑っているな、と言われるのも当然だ。だって、こんなに楽しいんだから。
 だから、ふと感じた些細な違和感に気づくのが遅れた。
 みんなが住む建物が密集する地区から少し外れたところで、異変は起こった。
 最初は、妙なだるさから。次いで、じわじわと身体が火照りだし、力が抜けていく。持っていたビルダー道具が手から落ち、はぁはぁ、と熱い呼吸が零れる。
 風邪……?
 悠長な考えは、次の瞬間改めさせられた。
 立っているのさえ困難になり、がくりとくずおれた瞬間、ぐち、と水音が響いたからだ。
 何――?
 愕然としながら、熱っぽくなっていく一方の自分の身体を思わず抱きしめる。けれど、自らを抱きしめた瞬間、胸にありえない快感が走った。
「ひぅ…っ」
 ともすれば痛いとすら感じてしまうほどの刺激に、ぞくぞくと背筋があわ立つ。そして、びくりと腰が戦慄いた。
 じわりと広がる熱い感触を下半身に感じ、茫然とする。
 今、何が起きたのか。
 身に着けたままの服の中を改めるのが、ひどく恐い。それなのに、びくびくとした震えが止まらず、腰が揺らめいてしまう。
 混乱の渦に巻き込まれ、恐怖心が顔を覗かせる。それなのに、身体中が熱くて、刺激が欲しくて、どうにかなってしまいそうだ。
 何かおかしなものを食べた記憶も、飲んだ記憶もない。
 ただただ、身体がおかしい。
 刺激を求めて無意識に身体が動く。さっきの快感を求めて、指がそこを掠める。そんな些細な刺激なのに、気が狂いそうになるくらいに悦い。
「あぁ……っ」
 掠れた悲鳴が響いた。下半身がぐちゃぐちゃになっていることがわかる。気持ち悪さと、ありえない反応に首を打ち振るうが、止められない。
 どうしたらいいのかわからなかった。
 混乱しすぎて、助けを求めることすらできない。
 まるで自分ではない生き物のように、手が勝手に動いていく。服をたくし上げる刺激にさえ震えながら、ぴんと尖った乳首に直に触れる。それだけで気持ちよく、喉を逸らした。
「あ、ア――……」
 何をしているのか、もうわからない。
 自分で乳首を捏ね、引っ張り、摘まんで愛撫していることも、そのたびに軽い絶頂を迎えていることも。
 ぼろぼろと涙が零れた。それがわけのわからないこの事態のせいなのか、些細な刺激が強烈すぎる快楽を生む故なのか。
 びくつき、胸への刺激だけで何度も絶頂に至る。しかし、熱は冷めやらない。それどころかますます体内を暴れ狂う。
 何とかしたくても、どうにもできなかった。ひとりで耽るしかない快楽に呑まれ、ただ自分を慰めることしか考えられない。
 ざわ、と吹いた風が頬を撫でる。それにすら、腰が跳ね上がった。荒い呼吸を繰り返しながら、白濁に塗れる。気の遠くなるような時間、自慰に耽り、繰り返し果てた。





 一体何が起こったのか。
 時間にすれば、それほど長くはなかったのかもしれない。
 あれほど熱かった身体の火照りはおさまり、異様な感覚もすでに幻のように消えている。
 しかし、下半身を見れば悲惨な眺めは確かにそこにあり、まるで白昼夢を見ていたような気分に陥る。
 羞恥を募らせるそのありさまに泣きそうになりながら、ビルドは震える手で後始末をした。
 袋から桶とタオル、着替えになりそうなものを取り出し、かわきの壷から水を取り出す。白濁に塗れた下肢を拭い、汚れた衣類をまとめて、よろよろと立ち上がる。
 腰にじんとしたしびれが残っていた。そして散々弄った場所が疼いて、ひどく気になる。
 いったん帰ろうかとも考えたが、ひどい顔をしているのは自覚出来た。戻れば、ルルやシドーにどうしたのか問われるかもしれない。だけど、理由など話せるはずもなかった。
 きゅ、と唇を引き結び、まろびながら建築途中の家屋へと向かう。
 まだ作りかけの家屋や広場など、そういったところに寝泊まりするのはしょっちゅうだった。起きてすぐに建築の続きをしたいからというのが主な理由だったが、そんなビルドを仕方ないな、とみんな優しく見守ってくれるから、今回もそうだと甘えることにしたのだ。
 大まかな形は出来ている。壁を設置し、窓を敷設し、屋根を張る。雨風は十分に凌げ、内装に取り掛かっている途中だ。まだまだ設備は足りないが、キッチンと風呂、寝床だけは出来ていた。
 一晩ここで休めば、きっと大丈夫。
 そう信じて、だるく重い身体を引きずる。壁伝いに玄関を通り抜け、浴室に足を踏み入れたビルドは、しばしの逡巡の後、恐る恐る衣服を脱いだ。
 ぱっと見、普段と変わらない自分の姿がそこにある。けれど、散々弄りすぎて赤くなっている乳首は少し腫れていたし、腰の奥にはまだ痺れた感覚が残留したままだ。
 少し落ち着けてはいたから、そんな事態からは目を背けて、頭から湯を浴びる。ざあ、と取りきれなかった汚れを流すあたたかさにほっと息をついて、ビルドはさっきのあれは何か、悪いものにでもあたったのだと思うことにした。そうでなければ、不安に苛まれてどうにかなってしまいそうだったから。
 身綺麗になり、さっぱりしたところで風呂から出る。すっきりとしたせいか、最悪な気分からは脱したが、まだ重だるさは残っていた。少し迷って、大きめのサイズの衣服を取り出す。寝間着にちょうどいい緩さのそれは、ビルドには少し大きすぎて、上だけ羽織れば十分太もも程度までなら身体を覆ってしまえる。いつもなら下の方もきちんと履くのだが、身体のだるさが先行したことと、他に誰もいないという油断から、身に着けるのを諦めてしまった。
 一刻も早く寝てしまいたい。
 悪夢のような記憶から逃れたくて、ビルドは無警戒に浴室のドアを開く。そして、
「ビルド」
 低い声に、びくりと肩が跳ねた。
 明かりの数が足りない家屋の中は薄暗い。その薄暗さの中から、声がした。
 低い、聞き覚えのある声。
「シドー……?」
 薄闇の中、赤い瞳を妙に際立たせて、シドーがそこに立っていた。
 どうしてここに、と問うべく、浴室から一歩踏み出す。
 その途端に、
「…………あ……?」
 じぃん…と脳髄が痺れた。
 ぞわりと身体が震え、腰の奥がざわめく。落ち着いていたはずの身体が瞬時に火照り、ぐじゅ、とあられもない箇所から水音が聞こえた。
 がくがくと身体が震える。ゆらりと近づいてくるシドーの気配を感じて、喉が干上がった。
 わけがわからない。熱くて、暑くて、仕方ない。
 知らないうちにくずおれていたビルドの傍らに、シドーが膝をつく。赤い瞳がぎらぎらとして、まるで肉食獣を連想させる。
 その瞳を見た瞬間、ビルドに強烈な感覚が走った。
 この人だ、と。
 シドーだ、と確信した。
 何に対しての確信なのか、わからない。ただわかるのは、シドーだ、ということだけ。そして無性に彼が欲しいということだけ。
 見下ろしてくるシドーの手が、そっと頬に触れた。優しい接触は、けれど物足りなさを生む。
「シドー」
 口から、強請るような声が漏れた。自分のものとは思えない、甘く媚びた声。すると、ハッと目を見開いたシドーは、眉根をきつく寄せたかと思うと、咬みつくような勢いで唇を重ねてきた。
 甘い、蕩けるような感覚が走る。ぞくぞくと背筋に震えが走り、喜びが身体を満たした。
「ん、ンっ、……ふ、ぁ……」
 重ねた唇を割り、肉厚の舌が潜り込んでくる。上顎を擽り、舌を擦りつけ、絡めとって吸い上げる。混じる体液の水音が響き、じんと思考が蕩けていく。
 その合間に、ビルドは膝をついたシドーの身体に無意識に身体を擦りつけていた。火照る身体をたくましいシドーの肉体にすり寄せるたび、熱が高まっていく。
 そして唐突に、口づけは終わった。
 名残惜しさに唇を追いかけようとするが、肩を掴まれて距離を取られる。それが悲しくて、強請るようにシドーを呼んだが、彼は唇を噛みしめて何かに耐えるようにビルドを見つめていた。
 どうして?
 どうして、やめるの?
 思考回路は、現状のおかしさに目を向けることをやめていた。
 今考えられるのは、思考のすべてを占めるのは、シドーが欲しいという事実だけ。
「や、シドー………もっと…」
 ふるふると首を振り、潤んだ瞳でシドーを見る。何を耐えているのか、どうしてくれないのか、何で止めてしまうのか。
 知らぬ間にしとどに濡れた下肢が疼く。早く、早く。
 そればかりに思考が占められ、自らの身体の異変に意識を向けることはもうできない。
 苦渋の表情でビルドを見つめるシドーを見つめ返す。もの言いたげに口を開いた彼の口内に、犬歯が見えた。途端に、首の後ろが疼きだす。無性にそれに咬んで欲しくてたまらなくなる。
「しどぉ……」
 熱い吐息をまじえて名前を呼んだ。目の前のシドーが、ぴくりと反応する。
「咬んで……」
 何処を、と指定したわけではない。ただそうして欲しくて、吐息を零すように訴えた。それだけだ。
 しかし次の瞬間、ビルドは身体をひっくり返され、壁に押しつけられていた。痛いと思う間もなく、うなじに吐息を感じる。
「あ、あっ、…………っ」
 がぶり。
 首筋に痛みが走る。そして、突き抜けるような強烈な快楽が走り、甘く上擦った悲鳴が零れる。
 眩暈がする。
 気持ちよくて仕方ない。と同時に、自分がシドーのものになった実感を得る。
 通常、得られるはずもない不思議な感覚は、しかしビルドの中にしっかりと根付いた。おそらく同時に、シドーにもそれは感じ取れたのだろう。首を咬むシドーの手が、ビルドの身体を這いまわる。
「あ、は、ぁ……っ、んン……」
 昼間、自分で散々弄って腫れた胸に、シドーの手が到達する。自分でしたときよりも格段によくて、胸を逸らせば当然のようにそこを摘まれた。ぐり、と弄られ、たまらなくて声をあげる。ぽたぽたと下半身が濡れて、床に染みを作っていたが、もう気にする余裕もない。
 もっと、もっと触ってほしい。
 腰をくねらせ、縋る場所のない壁に身を寄せながら強請る。胸だけじゃ足りない。もっと、もっと違うところも。
 そんなビルドを見てシドーが何を思うのかはわからない。
 わからないことだらけで、理解する意識ももう持てない。
 ぶかぶかの服がたくしあげられ、何も身に着けていない下肢が空気にさらされる。ごくり、と喉を鳴らす音が耳に届いた気がしたが、ぐっしょりと濡れた入り口に硬いものが押しつけられると、どうでもよくなった。
 慣らさなければとか、痛いだろうなとか、そんな考えは及ばない。そんなことは些末なことで、その熱量が一刻も早く欲しかった。
 ぐい、と腰を掴まれ、しとどに濡れた入り口にシドーが入ってくる。硬くて熱い丸みを帯びた先端が窄まりを割り、一番太い部分があっという間に呑みこまれていく。痛みなど感じなかった。
「や、あ、あ……っ、入って、……んん…っ」
 鋭い快楽を伴った体感に、気が狂いそうになった。昼間の自慰とは比べ物にならない、強烈すぎる快感に、声が止まらない。
 太くどくどくと脈打つシドーのそれが、敏感な内壁を擦って最奥に到達するまで、ビルドは細く長い悲鳴を上げていた。
 どちゅ、と根元までそれが埋まり、狭い胎内を満たしていく。自分のものではない拍動を感じてわなわなと震えるけれど、それは気持ちよすぎるからで、決して嫌だからではなかった。
 シドーと繋がってる。
 中に確かに感じる圧迫感と熱量が、言葉に言い尽くせない幸福感をもたらした。嬉しくて、幸せで、涙が零れる。
「動く、ぞ」
 短い宣言の後、ぐちゅっと音を立てて半ばまで引き抜かれる。硬い部分が敏感な内壁を擦って出ていく感覚はたまらなく、びくびくと反応してしまう。その背中にシドーの胸が押しつけられ、早い鼓動の音が直に伝わって、それにさえも感じた。
 どこもかしこも気持ちよくて、甘い声が止められない。
 引き抜かれたものが、今度は勢いよく奥を突く。ごちゅん、と最奥にあたり、その刺激で達してしまった。
 あっさりと達してしまったことで、余計に身体が過敏になる。ビルドは体感が強まっていくのを感じながら、激しい律動を受け止め、シドーが最初の熱を放つまで喘いだ。
 奥にじわりと熱い感触が広がる。ぴくぴくと跳ねながら、出されたものにうっとりしていると、ぐい、と今度は振り向かされた。
 ぎらついた瞳とかち合う。その瞳に見つめられただけで、達してしまいそうになる。
 いつものシドーには見られない乱暴さで、床に組み敷かれたのはすぐだ。恥ずかしい体勢で両足を割られ、窄まりに挿入される様を見せられる。隆々とそそり立つシドーが、ゆっくりと入ってくる。圧迫感に苛まれているというのに、たまらなく悦かった。
「は、あ、…ぁ……っ」
 肌と肌がぶつかった。全部入ったのだとわかると、再び幸福感が襲いかかって、たまらなくなる。縋るように手を伸ばせば、抱えた足を外して身体を倒してくれた。密着して、まぐわう。さっきよりもずっと悦い。
 嬉しくてうれしくてたまらない。
 そんなビルドに口づけを送りながら、シドーが苦渋の表情を一瞬浮かべたことを、誰も知る由もない。
 けれどこれだけは確実にわかる。
 長い夜は、始まったばかりだと。





 その瞬間まで、何の香りかわからなかった。
 ただ、ひどくいい香りがする。甘く、脳を蕩かせるような香りだった。
「何かいい匂いがするな」
 そう呟けば、周囲の面々は不思議そうな顔をした。
「え? 何も匂わないわよ?」
 ルルが訝し気にそう答える。他の面々も同様に頷くから、最初は錯覚かと思っていた。
 しかし、その香りは徐々に濃くなっていく。そして同時に妙に身体がざわついた。
 気のせいだろうと、最初は無視をすることにしたが、時間が経つにつれてそれはかなわなくなる。
 ざわざわと、身体の奥底で何かが蠢くような、奇妙な感覚。そして、遅れて気づいた。
「ビルド?」
 家が集まった地区からそう離れていないし、ひとりでも大丈夫だよ。すぐそこだしね、と笑って出かけて行った大切な相棒が、急に気になった。
 整備をし、モンスターもそう姿を見せなくなっきた地区とはいえ、こんな不思議な香りがし始めているのだ、もしかしたら、と急速に頭が冷えていく。
「どうしたのよ!?」
 いきなり表情を一変させたシドーに、ルルが慌てて問いただすが、ビルドを探してくる、とそれだけを伝えるのが精いっぱいで、振り返ることも出来ない。
 ビルドは何処だ?
 焦りながらビルドを探すつもりが、香りに誘われるように足が自然とそちらをむいてしまう。
 一刻も早くビルドを見つけなければ。そう思うのに、結局たどり着いたのは、漂う香りが最も濃い家屋だった。
 ここに何かあるのか?
 疑問に思いながら一歩足を踏み入れると、脳髄を蕩かせるような感覚に襲われる。とっさに鼻と口元を覆ったが、どんどん頭が痺れていった。
 なんだ、これは。
 まずいと思った矢先だ。家屋の中から馴染んだ人の気配がしたのは。
 即座に、大切な相棒だとわかった。慌てて室内に飛び込み、ビルドを探す。薄暗い室内だったが、夜目の利くシドーには関係ない。まっすぐ、人の気配がする浴室の方へと足を進めた。
 ――そして。
 からりと開いた、浴室のドア。途端に濃く香りだす、謎のにおいを纏わせて、ビルドが現れた。その姿を認めた瞬間、どくりと鼓動が鳴る。
 こいつだ、と瞬時に思った。
 同時に、無茶苦茶にしてしまいたい衝動がわき起こり、からからに乾いた喉がビルドを呼ぶ。すると、目の前でビルドの身体がくずおれた。慌てて近づけば近づくほど、においが濃くなる。
 脳髄が蕩かされるようで、まともな思考が片端から消えていくのがわかった。
 何が起きているのか、シドーにすらわからない。ただ事ではないのは確かで、それにビルドともどもとらわれていることだけはわかる。
 何者かの仕業だと瞬時に理解するが、ビルドを目にしてからずっと、身体が熱い。ありえない場所が熱を持ち、疼いて、ビルドをめちゃくちゃにしたい思考にともすれば陥ってしまう。
 そんなことはどうしても避けたくて、必死に耐えようとした。それなのに、甘い声に呼ばれて、身体が勝手に動いてしまう。
 初めて重ねた唇は、小さくて甘くて、いじらしかった。絡める舌も小さく、ひとくちで食べれてしまいそうだ。
 無意識にそう思った自分に驚愕して、とっさに身を離したけれど、甘い誘惑はシドーの理性を瓦解させる。
 気づけば、白いうなじに牙をたてるように咬みついていた。
 痛々しい咬み痕が薄闇に浮かび、哀れを誘うのに、止められない。
 何故か濡れているビルドの下肢に、そそり立った自身を埋めた。熱く蕩けるような中は酷く心地よく、何度でも穿ってしまいたくなる。事実、繰り返しそこに突き立てた。挿れて、抜いて、押し込んで、中に注いで、また擦り上げる。
 目の前が真っ赤になるような興奮にとらわれ、夢中で腰を動かす。
 細い身体がそのたびにがくがくと揺れ、狭い中が欲しがるように締まった。
 回数を数えることがかなわないほどに、何度も出した。どろどろの下半身は気持ち悪かったが、止まらない。
 いつの間にか、ビルドの意識がなくなっているのを知っても、身体が勝手に動く。
 やめろ、と胸中で幾ら叫んでも、狂った宴は終わりを見せなかった。





 どれくらいの時間が経っただろう。
 ゆっくりと目を醒まして、ビルドはぼんやりと天井を見る。身体の節々が痛くて、起き上がれそうにない。
 現実味がなく、ぼうっと視線を彷徨わせる。
 ここは……どこだったか。
 そして、隣にふと視線を向け、呼吸が止まるほどに驚いた。
 至近距離に、全裸のシドーが寝ている。その腕はビルドの身体に絡みつき、しっかりと抱えこまれていた。
 焦りながら周囲を見渡せば、あちこちに衣服が散らばっていた。それとともに、乾いた白濁の跡もあちこちに付着している。
 そこでようやく、自分の身に起きた事態を把握して、蒼褪めた。
 自分は、なんてことをしてしまったのだろう。
 大切な相棒と、本当なら愛する人とするべき行為をしてしまったのだ。
 まともでなかったとはいえ、こんなこと、赦されない。
 それなのに、ビルドはその腕から抜け出せなかった。
 身体が、思考の叫びを拒絶する。
 まだここにいたいと、シドーの腕に抱かれていたいと、あがいている。
 そうこうするうちに、寝ていたシドーの瞼がぴくりと動いた。はっとして息をつめ、口を噤む。その視線の先で、緩やかに瞼が持ち上がり、赤い瞳がすぐさまビルドを捉えた。
 ぞくり、と背筋が震える。そして身体が、反応する。
「大丈夫か…?」
 果たしてシドーは、目の前にビルドを抱えていても驚く様子はなかった。それどころか、案じるように問いかけてくる。
 大丈夫、とは言えそうもなかった。身体が、熱を帯びていくのがわかる。
 そんなビルドに気づいて、シドーは迷わずビルドを抱き寄せた。あたたかい腕の中に閉じ込められ、背中をさすられる。強張りが解けていくが、逆に熱は高まっていくのを感じて、ビルドは密着する胸の間に手を置き、距離を取ろうとしたが、それをシドーは許さなかった。
「逃げるな。……ここにいろ」
 それはお願いというよりは命令に近い。
 いつもなら、そんなこと出来るわけない、と首を振れるはずが、出来なかった。
 身体が素直にそれに従う。おとなしく腕の中におさまり、うっとりと浸ってしまう。
 何故、何故、どうして。
 心の奥底ではそう一部が叫んでいるのに、幸福感がそれを忘れさせる。
 それを知ってか知らずか、シドーがきつくビルドを抱え直した。もう少し休むぞ、と短く告げられれば、眠気が襲いかかってくる。
 意識が、遠ざかる。
 眠りに落ちる直前、額にあたたかいものが触れた。





*     *     *





 成功だ。
 これで創造の力を持つ者は破壊神には抗えず、命令にただ従うことしか赦されない。
 破壊神の意のままに、このうたかたの世界を創造の力で満たし、一刻も早い復活を。
 待ち望んだ破壊が、いよいよ迫ってくる。心が躍り、色めき立つ。長い隠遁生活は終わり、世界は破壊されるのだ。
 もうすぐ、もうすぐ。
 ハーゴンが高笑いを上げた。
 微かによぎった嫌な予感など、やはり気のせいだったのだ。
 けれど、ハーゴンは知らない。
 待ち望む破壊神たる少年が、己の番と決めた少年を必ず守り抜くと新たに誓ったことを――