初夜の後




 乱れきったシーツが辛うじて片隅に引っかかったベッドの上で、ビルドは放心状態にあった。
 呼吸は荒く乱れ、全身が重い。ひとたび動けば腰に鈍い痛みが走り、どろりとあらぬ場所からあふれる感触が身動きするのをためらわせる。
 けれど全身隅々までが幸福感に包まれている。身も心も満たされたというのはこういうことかと、ビルドは思った。
 何とか動く首を動かして、室内を見た。隣には、昨晩一度たりとも使われていないベッドが、きっちりベッドメイキングされたままで、現在利用しているそれとの差異にどきっとしてしまう。
 その奥には窓があり、外は徐々に白み始めていた。
 ともにここに倒れこんだとき、そこは黒に近い濃紺の空を映していた。ときおり星がきらめくのが見える、眺めのいい窓だ。眠れない夜はその傍に椅子を持ち出して、ぼんやりと夜空を眺めることもあったが、昨夜はそれに意識を傾ける余裕すらなかった。
 昨夜。
 思い出して、かっと頬に熱が走る。
 そう、昨夜、ビルドは初めてシドーとベッドをともにした。隣り合わせたベッドに寝ることはよくあれど、ひとつのそれに一緒に潜り込んだのは初めてだった。もちろん、一緒に寝ただけではない。それ以上のことが起こった。
 濃厚かつ濃密な時間と行為に、放心状態から一気に羞恥心に支配され、ビルドは顔を覆った。
「どうした?」
 そんなビルドの様子に、隣に横たわり呼気を整えていたシドーがわずかに身を起こして覗き込んでくる。長い髪がしどけなくたくましい裸身に張り付き、それが掠めてひどく感じてしまったことも思い出す。
 指の隙間からそれを認めて、ますます恥ずかしくなったが、案じたシドーのてのひらが優しくいたわるように身体のラインを辿るから、たまらずビルドは顔を覆うのをやめてその手を掴んだ。
「だ、だめ、…今撫でられると困る」
 赤らんだ頬を見られるよりも、てのひらになぞられる方が間違いなく恥ずかしい。それに、今このてのひらに触れられると、つい先程までのことを思い出してしまう。
「へえ……何でだ?」
 その端正な顔に笑みを浮かべて、わかっているくせにシドーは意地悪な問いをする。口元には濃く笑みが刻まれ、蕩けるような視線を向けられてはたまらない。それでも掴まれたままの手はそのままにしていてくれるから、ビルドは自分をじっと見つめる赤い瞳から視線を外して、とにかくだめなものはだめ、とだけ小声で答えた。
 赤い瞳が眇められる。面白そうな色が宿り、ちろりと舌なめずりをしたことに視線を外したビルドは気づけない。
 ビルドの手に掴まれたままのてのひらが、容易く動いた。するりとそれはビルドの肌を這い、昨夜覚えたばかりの弱所に到達する。
「あ…っ!」
 未だ敏感な身体がびくりと跳ねた。胸元や横腹、腰骨までは何とかなっても、シドーを咥えこんだそこまではどうにもならない。ゆるゆると、大きなてのひらがやわらかな尻の丸みを撫でた。くち、と微かな粘着音がして、さらに羞恥心を煽り立てる。恥ずかしさのあまり、シドーの手を掴んでいた己の手を外して顔を覆う。
「おい、隠すな」
 低い声が耳のすぐそばでした。そしてぬるりと耳殻を熱い感触が這う。舐められているのだと気づいた瞬間、腰の奥がきゅんと反応したのがわかる。
 昨夜、この低く濡れた声を何度聞いただろう。この声で名前を呼ばれ、愛されただろう。
 鼓動が高鳴り、昨夜この身を愛でてくれたてのひらを感じて、急速に熱が高まっていく。
「は、あ……っ、やだ……、恥ずかしい、よぉ…」
 ふるふると顔を覆ったままビルドは答えた。
 昨夜は無我夢中だったし、深夜だったから室内は薄暗く、お互いの顔もよくよく目を凝らしてようやくわかる程度だったが、夜が明けそうな今は違う。白んできている外のように、室内も今ははっきりと物が見える状態だ。事実、シドーの姿は昨夜とは比べ物にならないくらいはっきり見えたし、それなら自分のこの恥ずかしい様もはっきり見えるわけで。
 けれど、シドーはそんな答えで納得してくれるはずもない。それに、シドーの手は明確にそこへと到達しようとしている。
 優しい手つきで丸みを堪能していた指先が、未だ濡れそぼる秘部に潜り込んだ。大きなものを受け入れたばかりで、すんなりとそれを呑みこんでしまう。浅い部分でそれは悪戯に中を掻き乱し、ひくひくと引くついてしまう。それだけではない。吸い付くようにその指に絡みついてしまうのがわかり、思わず息を呑んだ。
「あ……ん……っ」
 甘く媚びるような声が漏れた。
 散々掻きまわされて、もう無理だと訴えたのは記憶に新しいのに、今は物足りなくて仕方がない。恥ずかしいのに、含まされているそれじゃないものが欲しくて、腰が揺らめいた。
「どうした、ビルド?」
 再び、シドーがあの濡れた声で訊ねてくる。今度はその問いの意味が変わっていることに、ビルドは気づいた。
 わかっているくせに意地悪だ。現に、ビルドは未だシドーの指を含まされたままだった。そこはさっきからきゅうきゅうと指に吸い付いているし、萎えていたはずのビルドの中心部分はすっかり勃ちあがり、とろりと蜜を伝わせている。
 明らかに感じているのがわかっているのに、欲しがっているのもわかっているのに、問いかけに答えなければいけないことをにおわせる。
 羞恥心は未だにビルドの身を苛み、細い裸身を戦慄かせる。未だ羞恥はビルドの唇をかたく閉ざさせるが、シドーの指が不意に増えた上、腹側のしこりを的確に刺激してきた瞬間、瓦解した。
「ひぁ…、あ…っ! あ、あ……! だめぇ…っ!」
 何度も刺激を受けてただでさえ敏感なそこを、容赦なく嬲られる。ぐい、と押されるたびにぷしゃりと鈴口から蜜があふれて、目の前がちかちかした。イッてしまう――!
 しかし、絶頂を迎える寸前、唐突にその刺激が止んだ。あと一押しなのに、寸止めをされてがくがくと身体が震える。
「や、あ、なんで……っ」
 熱を持て余し、ビルドは腰をくねらせた。はやく、早く。イかせて。助けて、イキたい。そればかりが目まぐるしく脳裏を巡るが、シドーはビルドの中から指を抜いてしまったばかりか、再びそのてのひらで裸身を辿りだす。
 あんまりな行動に、いやいやと首を振った。
「ん? ダメなんだろう?」
 シドーはそう言って、今度は肌に触れていた手をも離してしまおうとする。
 意地悪だ、とビルドは思った。けれど、だめだと嫌がったのはビルドだ。シドーはその訴えを聞いてくれるだけだ。…ただ、そのタイミングが悪いだけで。
 熱い吐息が零れる。もう羞恥もへったくれもない。なりふり構っていられないほど切羽詰まって、シドーに身体をすり寄せる。
「しどー、しどぉ……っ、いじわるしないで、えっちしてよぉ…っ」
 もう言葉すらたどたどしい。それでも精一杯のおねだりをすれば、シドーの瞳がぎらつきだす。
 添い寝するような形で横たわっていたたくましい身体が、跳ねるようにがばりと起き上がった。すり寄せていた身体が弾みでベッドに背中から落ち、瞬きする間に覆いかぶさってくる。
 興奮しているのか、シドーの表情が雄のそれになっていた。こんな顔で昨夜も抱いてくれていたのかと、さらに腰の中が疼きだす。
「ビルド」
 またあの低い濡れた声が聞こえた。今度は明確に色を宿して、まるで心臓をぎゅっと鷲掴んだかのようにビルドの心身を震わせる。
 するりと大きなてのひらが腰から足へと這わされる。しかしそれはすぐにビルドの膝裏をさらって持ち上げた。ぐい、と開脚させられた脚の間に身体が割り込み、昨夜何度味わったかさえわからない熱が押し当てられる。
 期待に鼓動が高鳴った。こくりと喉を鳴らしたそのタイミングで、硬い先端が秘部を割り、あっという間に括れを呑みこまされた。
「あ、あ――……」
 痛みはほとんど感じない。自分のものではない熱さと圧迫感が、快楽を伴って身体の中を突き抜ける。ぷしゃ、と音を立てて、ビルドは軽い絶頂を味わった。目の前が真っ白になり、がくがくと身体が戦慄く。けれど、その戦慄く腰を大きなてのひらが押さえつけた。と同時にぐちゃりと粘液質な音を立ててすべてを含まされる。
 圧倒的な熱量が奥を穿った。やわらかな内壁がその熱を歓待し、甘く食んでいくのがわかる。たまらなくて身を捩ろうとしたが、それを押さえる手によって阻まれた。そして、それを許さないとばかりに腰が打ちつけられる。
「ひ、ぅ……っ、あっ、あぁっ」
 嬲られて敏感になった場所を狙い澄まされ、先端でもそこを嬲られる。そのたびにビルドの鈴口からは蜜が噴き出て止まらない。
 過敏になりすぎて、イキっぱなしの状態に近かった。何処を擦られても感じてしまう。
 あまりにも快楽が過ぎた。もう無理だと首を打ち振るう。けれど、
「えっちしたいって言ったのはビルドだろ?」
 そう囁くシドーの声は興奮に満たされて、呼気は荒い。
 確かに言った。言ったけど。
 ここまで気持ちいいなんて、聞いてない。
 ぐずぐずに溶けてしまいそうで、たまらず縋る先を求めた。しかし、昨夜の行為と今のそれで、シーツは疾うに床の上に落ちていた。枕もどこかに行方知れずで、指先には何も引っかからない。
 マットレスの上を彷徨う指に、シドーが気づいたのはすぐだった。腰を掴んでいた手を片方だけ外し、彷徨う手を引っ張り上げる。
 ぐい、と背中が浮いた。突然視界の位置が変わり、同時に中を擦りたてる熱のあたる部分も変わって、ビルドは掠れた悲鳴を上げた。
 ずぶずぶとそれまでとは違う深さに、熱が入ってくる。中が擦れてうねり、脳天まで突き刺されたかのような強烈な刺激にビルドは一気に昇りつめた。
 がくがくと跳ねる身体を、力強い腕が支える。そうしながらも、真下から容赦のない律動がビルドに襲いかかり、逃げ場のないさらなる快楽に襲われた。ぐちゅぐちゅと音を立てて硬いものが出入りする。身体が上下に揺さぶられ、弾みがついて肌と肌が激しくぶつかり、奥の奥まで暴かれる。
 もうその頃には言葉もなく、ビルドはシドーのたくましい背中に必死に縋りつき、揺さぶられるままになっていた。連続して絶頂を迎える端から、また昇りつめていく。疾うに限界を迎えているのに、止まらない。出すものも尽き果て、薄い雫を滲ませるのみだ。
 ビルドがそうなってもなお、含んだままのシドーの熱は硬いままだ。
 体力と精力の差をまざまざと感じる。もう気をやってしまいたいが、体感が強すぎてそれもかなわなかった。







 ふ、と目を醒ます。室内は薄暗く、先程のは夢だったのではと一瞬思ったが、全身に走る筋肉痛と散々含まされたあらぬ場所の違和感諸々とが、あれは現実に他ならないと証明してくれていた。
 一晩でやることじゃない、と顔を覆う。
 今さら羞恥の極みに達して、ごろごろと転がってしまいたいくらいだ。しかし、それはがっちりとビルドを抱擁する腕によってかなわない。
 顔を覆った手をずらして、ビルドはそろりと目を閉じたシドーを見た。思う存分ビルドを抱いて、満足そうに眠っている。
 こっちは腰とかあそことか色々痛いのに…とほんの少しの恨みごとが顔を覗かせる。けれど、それをうわまわる充足感も確かにあって、ビルドは細く息をついた。
 思えば、シドーと初めて一緒に寝てからそう時間は経っていない。初めてして満たされて、恥ずかしいところに触れられて。それからなし崩しの流れを思い出せば、また羞恥心でどうにかなってしまいそうになる。
 ふるふると首を振り、今はそれに目を瞑る。精魂尽き果て、もうくたくたなのだ。
 一晩中して、なお昼間もぶっ通しでとか今は考えたくない。
 だけどさすがにやりすぎだから、それ自体には説教しないと、と密かに誓って、ビルドも目を瞑る。すぐに睡魔は訪れて、眠りの淵へとビルドを誘う。
 すう、と程なく寝息を立て始めたビルドを確かめて、シドーの瞼が押し上げられる。
 そっと触れてみて起きないことを確かめると、優しくその髪を撫でた。
 可愛すぎて止められない事態に初めて陥ったことを少々反省しつつ、一晩で起きたあれこれを反芻する。
 ビルドとした初めてのえっちと二度目のそれは、たまらなく幸せだった。
 明日説教されるとは露とも思わず、シドーはビルドを抱え直す。昨夜は使わなかったベッドのやわらかな毛布に揃ってくるまり、再びゆるりと瞼を伏せる。
 互いに満たされた思いを抱えて、ようやく長い初夜を終えた二人の寝顔には、優しい笑みが浮かんでいた。