擦過




 汗で湿った毛束が、不意に肌を掠めていった。
 普段ならささやかで、少しくすぐったい程度にしか感じられない硬質のその感触は、今この瞬間、驚くほど強烈な快感を伴ってビルドに襲いかかってきた。
 言葉の意味さえなさない掠れた声が、喉を震わせて唇から漏れてしまう。自分自身ですら驚愕するようなその反応に戸惑ったのもつかの間、どうした、と熱を孕んだ瞳で問われるが、どう説明したものか、伝えあぐねてしまう。
 なんでもない、とふるりと首を振ることで誤魔化し、ぎゅう、とたくましい背中に縋りつき直したが、再開した律動とともに再び敏感な皮膚を掠める淡い感触は、何度もビルドに快楽を伴って襲いかかり、たまらず乱れたシーツにさらに足先で皺を刻んでは、ぴくりと身体を跳ねさせる。
 常にない反応は、ビルドを組み敷くシドーをも戸惑わせるのか、普段より腰使いが甘い。それなのに、どうしても感じてしまう。
 どうして、こんな。
 自分自身でどうしてこんなに感じ入ってしまうのかもわからず、眦に涙を浮かべてシドーを呼んだ。
「あ、あっ、シドー、シドー……っ、何で、……あぁ…っ」
 たまらず喉をそらして、脳をも震わせる刺激に耐える。次いで浮かび上がる喉仏に微かな痛みを感じたのは、いつも通りそこにシドーが優しく咬みついたからだ。それだけで腰の奥からぶるぶると震えて、中のシドーを締め付けてしまう。
 ぐう、と喉の奥で低く唸る声がした直後、ぬるかった律動が強くなる。ぐち、と粘液が絡む音が響いて、摩擦熱とともに先程とは比較にならない快楽に襲われた。
 火傷しそうな熱の塊が、ビルドの中を行き来する。悦いところを知り尽くしたそれは、入り口から最奥まで余すところなく擦り上げ、深く深く繋がりあう。ただただ気持ちよくてたまらず、その動きに合わせて知らぬ間に腰を揺らめかせ、よりいっそう強まっていく快楽を味わいながら、無我夢中で唇を探す。
 熱い呼気と蜜のような声を零す唇に、すぐさま熱い唇が重なった。
 薄く開いた唇の隙間から厚みのある舌が潜り込み、ねっとりと絡めとられる。唇からも身体の奥底からも濡れた音が響き渡り、思考を身体を痺れさせていく。次第に頭は真っ白になっていき、弾けた。



 いうことを聞かない身体が何度もびくりと跳ねた。腹にぬるいものを吹き零したビルドが余韻に浸る間もなく、下腹部でひと際大きく膨らんだ塊が体内を濡らしていく。シドーも達したのだとわかると、頭の先から足の先のすみずみまで幸福感がビルドを包み込み、はあ…と満ち足りた吐息が零れる。重ねていた唇はいつの間にか離れてしまっていたが、それを補ってあまりあるほどに満たされていた。
 そんな気持ちとは裏腹に、身体は疲れきり、指先ひとつでさえ動かすのは億劫だ。
 ぐったりと横たわり、身動きひとつできないビルドの様子を見て、シドーがゆっくりと腰を引いていく。ずるりと引き抜かれる感触はぞくりと背筋を震わせたが、その刺激にはいつまで経っても慣れなかった。それに、その瞬間妙に寂しく感じてしまうからだ。切なく眉を寄せ、ん、と声を堪える。そんなビルドの隣に、すぐさまシドーが横たわった。未だ火照りを残す腕が、ぐいとビルドの身体を抱き寄せる。
 ほっとするぬくもりだった。眉間に寄った眉がゆるりと離れ、安堵する。
 そのぬくもりに浸るように、重だるい身体をすり寄せた。と同時に、汗に濡れたシドーの髪が再びビルドの肌を掠める。けれど、先程のような感じはしない。
 ――何だったんだろう?
 首を傾げ、思わずその髪に触れると、なんだ? と見つめられる。しかし説明のしようがなく、曖昧に誤魔化しながらビルドはふと、シドーの髪がどうしてこんな風に触れるのかを初めて疑問に思った。
「…あれ? シドー、もしかして髪下ろしてる?」
 今さら気づいた事実を口にすれば、あきれたように今気づいたのかよ、と笑われる。
「最初はちゃんと結んでたんだぜ。途中でいきなり解けたんだけどな」
 多分この指のせいだろ、と悪戯に指先をかじられる。甘い痛みに肩を跳ねさせながら、確かに最初はシドーの髪はいつも通りだった、と記憶を手繰り、その背中に縋る指に何かが引っかかったような感触がしたような、しなかったような…と朧げな最中の記憶に赤くなりつつ、そのせいで触れた感触にいつも以上に感じたことは黙っておこうと密かに誓って、ビルドは豊かで硬質な髪に手を伸ばした。
 その手を再び取られ、髪ばっかり触るなと拗ねた瞳で訴えられ、がばりと覆いかぶさられたのはそのすぐ後。