終わりの刻




 こんな姿をもう見せたくない、と切実に思う。
 自力では起き上がれず、人の力を借りてようやく半身を起き上がらせるのが精いっぱいで、自分の足で歩くことはもうできない。ベッドの住人と化して、もうどれくらいの月日が流れただろう。
 このところ、身体のどこかから緩やかに、けれども確かに生命が抜け出ていくのが感じられた。少しずつ、少しずつ、息吹というものが削がれていく。まるで水分が抜け、枯れていくように。だから――近いんだろうな、と朧げに思う。
 いつからだろうか。この身体がままならなくなったのは。溢れるばかりだった意欲は薄れ、ずしりと身体は重たくなる。節々は痛み、目も良く見えなくなっていった。耳も聞こえが悪くなり、少しずつ欲しいものが消えていった。
 着実に押し寄せてくる現実に、固く目を瞑る。
 もっとこの島の開拓と発展を見ていたかった。
 もっとたくさんのものを作りたかった。
 もっと仲間たちと笑いあって過ごしたかった。
 もっとあちこち一緒に冒険に行きたかった。
 もっと――もっとシドーと一緒に………
 そこまで考えて、ゆるく首を振る。
 どんなに願っても、もうかなわない。
 よろよろと起こして貰った半身を寝かせた。大きな枕に頭を預け、深い、深い溜息を漏らす。これだけでのしかかってくる疲労感は凄まじく、くたくたになる。
 そして横になれば、また身体のどこかから生命が抜けていく。ほろりほろりと、崩れていくように。
 視界が霞む。何度か瞬きをしてみたが、いよいよ何も見れなくなるらしい。
 最後に、彼の顔が見たかった。
 どろりと溶かされるように意識が混濁していく。
 ああ―――……シドーに、もう一度………



 そこでぷつりと、すべてが途切れた――……











 ガシャンと陶器が割れた。だが、そんなことはどうでもよかった。
 ひどく嫌な予感がして、シドーは慌ててベッドへと駆け寄る。そして急いで力なく横たわる身体を抱き起こした。
 ずしりと。力もなく、生命を失った身体がそこにある。呼気は――ない。
 それを確かめて、シドーは慟哭する。
 どうして、何故。
 ――何でオレを待たずに逝った。
 ほんの数分離れただけだ。でもその数分でオマエは去るのか。
 オレに会わずに、看取らせずに。
 滂沱の涙が頬を伝う。たまらず彼だった身体を抱きすくめた。
 もうそこに、彼はいないとわかっていながら、離せない。ぬくもりの僅かに残る身体を掻き抱いて、繰り返し彼を呼ぶ。
 もう二度と返ってこない返事が、否が応でも現実を知らしめる。
 腕の中にあるのは抜け殻だ。それでも、彼だった。
 何より誰より大切で、一番愛した存在だった。
 何度も呼ぶ。
 繰り返し、繰り返し。
 喉が枯れるまで、シドーは呼んだ。
 ―――返事は―――――………


































 どれくらいの月日が流れただろうか。
 何日が経って、何か月が過ぎて、何年を無駄にしてきたのかもうわからない。
 ビルドがいなくても、当たり前のように日々が過ぎた。朝を迎え、日が暮れて、夜が来る。その繰り返し。
 隣にいた相棒の姿はなく、シドーに気さくに声をかける存在はもういない。
 シドーだけが何も変わらず、そこにいる。
 人々は移ろい、顔触れは少しずつ変わっていった。誰かの血を継ぐ誰かが開拓を続けているのだけはわかるが、それが誰かなんてわからない。…興味もない。
 ただ、思い出のある地だから。彼がいたところだから、シドーはそこにいる。
 けれどその名残りも、ずいぶん薄れてしまった。
 誰も使わなくなった家屋は朽ち、雑草やつる草、何処からか運ばれてきた種によって植物の浸食を受けてしまっている。最後に彼が横たわっていた部屋も緑に埋もれ、人が住めるような状況ではない。
 彼がいないのであれば、家なんか必要なかった。彼と住んでいるからこそあたたかだったそこは、彼を失ってからは冷たいだけだ。
 二人でいた思い出があちこちに刻まれているせいか、足を踏み入れば身を切るような辛さだけが襲いかかってくる。その場にいられず、戻ることもかなわず、シドーはその家を放棄してしまった。
 緩やかに、しかし確実に失われていく思い出の欠片。ぼんやりとそれを眺めながら、シドーは移ろう日々をただ過ごす。
 たった一人を亡くしただけで、シドーの世界は輝きを失った。
 もう彼の瞳はいかに世界が輝いていようと、暗く閉ざされたままだ。
 そして空虚な世界で、ただ生きていく。いつ終わりが訪れるともしれない己の身体を呪いながら。
「ビルド……」
 愛した名前を、何度も繰り返して。