パルプ〇テ




「愛してる」
 思いがけない人物から、思いがけない台詞が、思いがけないタイミングで発せられた瞬間、ビルドはぽかんと口を開いたまま固まってしまった。
 遠く、光り輝く煌めきが空を駆け抜け、鮮やかに散って暗闇を照らす。
 何もかもが闇に呑まれてしまいそうなその寸前に、二人で力を合わせてまぼろしの世界を現実へと作り変えた、まさにその瞬間の一言だった。
 漆黒に包まれた世界が、たちまちのうちに鮮やかな色を取り戻す。どんよりと立ち込めていた重苦しい空気はあっという間に払われ、すがすがしい世界が目の前に開けた。その瞬間、沸き立つ島の仲間たちの歓声が聞こえた。一瞬意識をそちらにさらわれ、再び視線をシドーに戻したときには、彼は普段通りの体だった。
 あれは空耳だった?
 俄かに疑問が脳裏を占めるが、そんなことはおくびにも出せない。
 それに、今は晴れやかなやりきった感もあり、むずむずと身体が動き出す。自然とてのひらが浮けば、シドーも同じように手を差し出した。
 ぱぁん、と小気味のいい音が響き渡る。ささやかな刺激がてのひらに伝わり、胸の奥がじんとした。





 壁の中に埋まっていたしろじいを助けた後、至極あっさりと山頂を駆け下りていったシドーの背中を見送りながら、やはりあれは空耳だったのだとビルドは思った。
 島に戻り、世界を救ってから一緒にいたのは短い間だったが、二人でいる機会は多少あった。その間にビルドが耳にしたのと同じ台詞も、似たニュアンスのことも、それを匂わせるような気配も微塵も感じない。至極いつも通りの友達だった。
 まぼろしの世界で、最後のまぼろしの声を聞いたんだ。そう結論づけて、ビルドは変わらない日常を送ろうと試みる。
 からっぽ島の開拓をしたり、畑仕事を手伝ったり、島中を見てまわったり。ときどきしろじいの話し相手をつとめて、ルルの我儘に振りまわされる。新しい作物の実りに喜び、新たな料理のレシピを開発し、様々な施設の建設に着手した。
 そう、いつもと変わらない。このからっぽ島に流れ着き、モンゾーラ、オッカムル、監獄島、ムーンブルク、破壊天体…それぞれで培った経験と知恵を駆使して、思う存分腕を振るう。
 ただ足りないのは………
 何だかタイミングを逃していた。そざいは十分に足りているし、島で賄えるものはずいぶん増えた。特にパーティーを組んで外に出る機会はまだ来ておらず、だからこそビルドの周囲にはまだ誰もいない。
 シドーはあれから姿を見せなかった。否、見えるところにビルドがいないといった方が正しい。
 空耳を聞いてから何となく顔を合わせづらいのもあった。内容が内容だけに、家族愛のそれだと思うことだってできたが、声の響きの真剣さにそうではないと感じたからこそ、どうにもこうにも気になってしまう。
 思いきってこんな空耳を聞いた、なんて冗談みたいに口にしても……と一瞬思いはするのだが、否定されるのが怖い。
 そう考えたところでビルドは吐息を漏らし、握りしめたままの設計図に視線を落とした。気を取り直して、必要なブロック数を数える。このところ集中力が欠け、置き間違いや誤っての破壊が多くなった。あの空耳に気を取られてばかりはいられない。
 それなのに、ふとしたおりに脳裏によみがえってしまうのだ。あのときの声が、耳の奥で聞こえてくる。そのたびにどきりとして、たまらなくなる。
 そんな状態が長く続けば、否が応でも気づいてしまうのだ。あの一言が、実は嬉しかったんだと。そして否定されるのが怖い理由も然り。
「………、空耳なら消えてよ……、……そうじゃないなら、……………、」
 途方に暮れて、ぽつりとビルドは零す。
 無性にシドーに会いたかった。





 何が起こるかは賭けだ。
 あの一言で、どうなるかはオレ自身わからなかった。
 どちらに転ぶのか、どう至るのか。
 少なからず想われているのは知っている。それが家族愛であれ友情であれ、まったく違ったものであれ構わなかった。ビルドが危険を顧みずにオレを助けに来るまでは。
 感情が溢れた。理解しきれていなかったアイというものがどんなものか、そのとき改めて気づいた気がする。
 この気持ちを口にして、どうなるのかはわからない。
 それでも言わずにはいられなかった。
 破壊神の記憶の中に、不思議な魔法の呪文がある。一度唱えたら何が起こるのかわからない、謎の呪文だった。
 まるでその呪文みたいだ、と思う。この一言はそれに匹敵する。
 ビルドがどう反応を返すか、楽しみだった。不安がないわけじゃないが、言った直後の表情の変化には気づいている。危惧する必要はないとオレの勘が訴える。だからオレは、ただ結果を悠然と待つことにした。
 結果が出るまで少々長い気もしたが、それはもうすぐわかる。
 緊張を隠しきれない表情で、オレの元にやってくる。
 ああ、今すぐ抱きしめてやりたい。そんなことを考えながら、ビルドを待った。
 久しぶり、と言っただけで口を噤んだ唇が、もの言いたげに開閉する。やがて、意を決したようにオレを見たビルドが、あのね、と切り出した。
「シドー、僕、聞きたいことがあるんだ」
「この間、山頂で聞いたあの声が、ずっと気になって」
「…………あの、………シドー、…………………………僕のこと、」
 ためらいもなく破壊天体に来たくせに、この質問をするのにやたら時間がかかったことについ笑ってしまう。どれだけ悩んだろうか、ビルドは。あのときの勇気を同じように振り絞ってくればよかったのにな。
 けれど、赤く染まりつつあるビルドの頬と、ちらりと見てくる瞳にオレの余裕もなくなった。
 この様子なら、賭けには勝ったし、呪文の効果は最上のものなのだろう。
 ならオレは、とどめの呪文を唱えるだけだ。
「ああ。愛してるぜ、ビルド」
 そしてその呪文は、再び最上の効果を発揮して、オレとビルドを結びつけた。