ふわふわとした心地を残したまま、ビルドの意識は浮上した。
まだ身体は眠気に囚われ、ずしりと重たい。それでも聴覚だけははっきりしていて、ぼうっとしているビルドの耳には周囲で眠る仲間たちの寝息やいびき、寝言が聞こえてくる。
夜中に目を醒ますのは珍しかった。一日みっちりと動きまわり、床に就く頃には疲労困憊に近い状態で、気絶するように眠る。夢も見ないほどにぐっすりと寝入るのが常だったから、こんな風に意識が浮上するのはなかなかなかった。
ぼんやりとしながらビルドは細く息をついた。睡魔はまだひたひたと忍び寄り、力を抜いて身を任せればすぐにでも眠りに落ちそうではある。けれど、まだ半ばほど夢見心地とはいえ、せっかく起きてしまったのだからとのろのろと視線を彷徨わせた。
狭い寝室に大勢が雑魚寝している。隙間は少なく、かなり詰めて敷かれたベッドに、仲間たちが身を寄せ合って眠っていた。
そんな仲間たちの窮屈そうな寝姿を認めて、のんびりと部屋を大きくするかなあ、とちらりと考えてしまったのがいけなかった。
物づくりに意識が及んだ瞬間、ビルドの思考は睡魔の手を押しのけて、様々なことに意識が向く。部屋の場所決め、区分け、使う素材の選別に在庫の有無、広さや置くものの種類など。
一度考え始めると、もう止まらない。おとなしく寝床に横になっていることが出来なくなり、ビルドは先程まで夢見心地だったのが嘘のように素早く起き上がった。そして、大事な本を取り出して思案した内容のメモを取ろうかと手を伸ばす。
けれど、それはがしりと腕を掴んだ手によって阻まれてしまった。驚いてその手の主を見ると、先程視線を巡らせていたときには隣でぐっすりと寝ていたはずのシドーが、顰めっ面で半身を起こしている。
「おい、ビルド。こんな夜中に何をする気だ?」
何をって、物づくりのメモを。あと、目が醒めちゃったし物づくりを……と素直に答えようと思ったが、ビルドは黙り込んだ。何だかシドーの視線が痛い。
答えられないビルドを見て、シドーがひとつ溜息をつく。そうしながら、身体を起こしたビルドの身体を強引に引っ張って、それまで横たわっていた寝床ではなく、シドーが横になっている寝床に引きずり込まれる。
「………っ」
驚いて声を上げそうになったが、まわりのみんなが寝ていることを思い出してとっさに口を覆った。そうしながら、シドーのてのひらが頭を抱え込んでくるのを感じる。
ごくりと出かかった声を呑みこんで、ビルドは混乱する。目の前にはシドーの胸元があり、思いのほか近い距離に固まった。こんな近い距離で誰かと寝たことなんか、一度もない。おまけに、頭を抱え込まれているせいで、身体を離すこともかなわなかった。
それでも何とか距離を取ろうともがくが、周囲が気になって大暴れとまではいかない。もぞもぞと身じろぐのが関の山だ。
そんなビルドを離さず、シドーが低い声で告げる。
「離さねえぞ。オマエ、起きて物づくりする気だろ。ダメだ、寝ろ」
そうは言われても、頭の中にある物づくりのアイディアがもったいない。はっきりと浮かんでいるうちにあれこれしたし、作りたい。それなのに、どうして意地悪するんだろう。
ビルドの思考は今や、物づくりが最優先されていた。だから素直に言う通りにはできずに首を振る。すると、ビルドの頭を抱え込んでいたシドーの手がわずかに緩んだ。その隙に、するりとシドーの寝床からすり抜けようと試みる。けれど、それはかなわなかった。
手が緩んだと思ったのは勘違いで、その手はがっちりと腰にまわされてしまったのだ。痛くはないが、外れない。起き上がることを決して許してくれないシドーに縋るように視線を向けたが、あっさりと跳ねのけられる。
「そんな顔をしてもダメだ」
普段はビルドの物づくりを楽しそうにみて褒めてくれるのに、とどうしても思ってしまう。それが伝わったのか、シドーは片眉を器用に跳ね上げたが、ひとつ溜息を漏らすと腰にまわしていない方の手でビルドのぷにぷにの頬を軽く摘まんできた。
「こんな時間にごそごそしてみんなを起こす気か? それに、寝てないとオマエ、日中ふらふらするだろ。危なっかしいんだよ」
確かに言われた通りだ。こんな深夜に物づくりを初めて、ぐっすり眠っている仲間たちを起こすのはどうなのか、と今さらながらに思い至る。どうにも物づくりに囚われると、まわりが見えなくなってしまう。そこを指摘されて初めて、ビルドはもがくのをやめた。
そしてシドーが口にした、危なっかしいという台詞。よほど毎日注意してみていてくれなければ気づかない変化のはずだ。
そのことに気づいて、流石のビルドも考えを改める。
抵抗が止んだビルドの身体を押さえる腕が緩んだ。そして、痛くない程度に優しく摘まれた頬から指が離れ、代わりにそうっと擦られる。
「寝るな?」
確かめるように言われて頷いた。メモしたいアイディアなどは名残り惜しいが、忘れてしまったらまた新たに思いついたらいい。そう思えば、焦りも緩やかに霧散する。
ひとつ吐息を零して、ビルドはシドーを見た。寝るよ、と囁くように伝えれば、こくりと頷かれる。そして、自らの寝床に戻ろうと思ったのだが。
「あ……あれ??」
シドーの腕は、緩くはなったが外れてはいなかった。ずりずりと背後の寝床に戻ろうとすると、その腕がぐいと元の場所に戻してしまう。
ただでさえ狭いわらのベッドで、後ろにはひと一人分の余裕があるのに何で、と別の焦りが顔を覗かせる。もう起きたりしないから、離して貰っても構わないのに。
困り果ててシドーを伺い見るが、彼はすでに目を瞑ってしまっている。眠りに落ちている様子はないが、何も言わずに空いた分の隙間を埋めてくる。
これじゃ寝れないよ、とビルドは思った。
……のだが。
穏やかな寝息が至近距離で聞こえてくる。閉ざしていた瞼を押し上げ、シドーは腕の中で眠っているビルドの様子を確かめた。
突然身体を起こしたビルドには肝を冷やしたが、どうやら二度寝は出来たらしい。
最初こそ困ったようにもぞもぞとしていたが、今ではすっかり安心しきった顔をしている。
そんな顔をじっと見つめた後、彼の背後にある無人のベッドに視線を向ける。
狭苦しい寝床に、二人も身を寄せ合ってはさらに狭くて仕方ないのに。ビルドをもとの寝床に戻せば、それなりの空間を確保できて多少は寝やすくなるのはわかっていたのに。どうにも、離す気が起きなかった。
一応ビルドは元の寝床に戻ろうとしていたのだ。それを強引に引き寄せたのはシドーだった。何故そうしたのか、実のところシドーにもわからない。
ただ、何だか。
そのままでいたかった、というほかない。
そんな自分の感情に首を傾げつつ、ビルドの頬に手を添える。あたたかく、やわらかなその感触と間近の気配にほっとする。
力が程よく抜けていくのがわかり、シドーはゆるりと瞬きをした。どうやら自分にも二度寝の睡魔が訪れたらしい。
ひとつ欠伸を漏らして、シドーは眠るビルドを抱き寄せる。そのついでに、自分の腕を枕代わりにしようとしたが、ふとビルドを見て考えを変えた。
そっとビルドの頭の下に、自分の腕を差し込んでみる。快い重みが何だか嬉しくて、口元が緩んだ。
そうしてようやく睡魔におとなしく身を委ねる。何だかいい夢が見れそうな気がした。
翌朝、目を醒ましたビルドがシドーに腕枕をされていたことに驚いて、アイディアも何もかもがすっぽ抜けた上、物づくりをしようとするとその光景がまず先に思い出され、ミスをしまくって唸ったとか。
そんなビルドのおかしな挙動にシドーはしきりに首を傾げていたとか。
先に起きた仲間たちが、二人の微笑ましい寝姿を生暖かく見ていたとか――……