無惨に壊された建物が見えた。
すでにあの場所にも、突然現れる大きな鱗を纏った手による破壊が行われ、屋根は吹き飛び壁は崩れ、辛うじて残った一部の内装だけがそこがもとは教会だったことを教えてくれる。
命からがら逃げてきたが、このありさまにビルドはきゅ、と唇を噛んだ。
崖側の壁は何とか形をとどめているものの、壁も扉も跡形もない。おそらくそこにあっただろう邪神の像もなく、破壊の苛烈さを物語っている。果たして、目的の魔物はいるだろうか。
不安を胸に過らせながら、それでも逃げ場を求めてビルドたちは走った。もう行く宛がそこしかなかったのだ。
崩れた教会に足を踏み入れる。そこには、邪神官ただひとりが立ちすくんでいた。呼びかければ、祈りの邪魔をするなと怒鳴られたが、どう見てもこの事態に茫然としているようにしか見えない。
話をしようと試みるも、破壊は救済だというばかりで会話にならなかった。まして、こちらがビルダーだと知ると粛清すべきと睨んでくる。メタッツが気を利かせてくれなければ、もしかしたら攻撃を受けていたかもしれない。
とはいえ、即座に敵と認定したわけでもなく、いったん教会から離れてしまえば追ってくることはなかった。
メタッツたちを無事なところに届けて、一刻も早くシドーを探しに行きたい。そればかりが脳裏を占める。気が逸り、苛立ちが顔に出ているのが自分でもわかった。そんな状態なのに、メタッツはとても優しい。その優しさに張り詰めている気持ちが少し解れる。
ひとまず周囲に何かないか確かめよう。
ぐるりと視線を巡らせる。破壊された教会、とても大きな十字架、逆方向には赤い岩と植物。砂も大量にあったが、他に建造物は見当たらない。周辺には、他の魔物はいないかもしれないなと思いながら、教会の裏手にまわる。
裏側も多少破壊されていた。しかし、教会の表ほどではない。土地もえぐれてはおらず、幾分か歩きやすかった。
それでも足元には慎重になりながら、崖の方へと進む。見下ろすあたりに何かないか確かめたかったからだ。そろりそろりと移動した。ややあって、何だかとても見慣れたものが視界を掠めた気がした。
ぞわりと肌が粟立つ。
崖の上にぽつんと置かれた、あれは作業台だ。何故ここに作業台が? と一瞬思ったが、問題はそれではなかった。
慎重に崖に近寄ろうとしたことなど忘れた。大きく目を見開き、まろび、慌ててそれに近寄る。
「これ、は………」
膝から崩れ落ちそうな身体を叱咤する。
目の前にあるものが信じられない。
だって、これは。
この武器は。
茫然とそれを見つめた。木材を加工して作り上げ、初めて大事な友人に渡したものだった。
これが、何でここに。
何も言えないでいると、ひょこ、とビルドの背後から作業台を覗き込んだメタッツが不思議そうに問うてくる。しかし、ビルドが答える前に駆け寄ってきた邪神官によって、説明が為される。
曰く、この古びた作業台はずっと以前からここに置かれていたこと。あのすべてを破壊しようとする大きな手が現れたとき、これを破壊するのを躊躇って消えたこと……
ずきりと胸が痛む。
ここまで容赦なく、自らを信奉する教会ですら破壊した腕が、どうしてこれだけは壊さなかったのか。
そして、どうしてここにこの武器が置かれ、残っているのか……
どくりどくりと鼓動が鳴る。暗く澱んでいた心の奥底に、僅かな光が差し込んだ気がした。
改めてその武器の目の前に立つ。みみっちいと言われても、それは耳に入ってこなかった。
ただ耳の奥から、シドーのあの声が聞こえてきた気がする。
気に入ったぜ、と言ってくれたあの声が。
作ったものを喜び、笑って受け取ってくれたあの顔が浮かんでは消えていく。
苦しいくらいに胸が痛かった。ぎゅう、と心臓を鷲掴みにされたかのように。
そして、新しい武器を渡したとき、これは気に入っているんだ、とずっと手元に残してくれていたことを思い出して、泣きそうになる。それが、よりにもよって作業台に立てかけてあった。作業台はビルダーが使うものだ。そして彼にとってのビルダーとは、ビルド以外に他ならない。
喧嘩別れした自分をどうしても連想させるはずの作業台に寄り添うように立てかけてあった、シドーが最後の最後まで大事にしてくれていたこんぼう。
そして、それを破壊するのを躊躇った、大きな手。
つまり、シドーは………このふたつを破壊するのを、嫌ったのだ………
ビルドとシドー、二人を思わせるこのひと固まりを……
そこに、微かな希望を見た気がした。
ぐ、と泣き出しそうになるのを堪えて、唇をひん曲げる。邪神官たちの疑いのまなざしも、今は気にならない。
手に取ったこんぼうを、ぎゅう、と強く握りしめた。いつまでも大切にしてくれていたこれを、必ずシドーに渡すんだ。
少し前の約束と、その決意を胸に、ビルドはまっすぐ前を向く。
どんな苦難が待ち受けていても、必ず大事な友人を助けるのだと誓って。