慟哭




 あたりまえにあったもの。
 これからずっと続くのだと思っていたもの。
 失うことなどこれっぽっちも考えていなかったもの。
 そこにあるのが当然で、いつだってそのままでいつづけると思っていたもの。
 変わることなくあり続けると信じていたもの。
 ずっと、ずっと、永遠に。
 一緒にいると、無邪気に信じていたのに。



 唐突に訪れた別離に、心がねじ切れそうだった。
 ありえない、嘘だ、こんなの現実じゃない。
 何度も首を振って、直視を避けようと試みる。
 これは悪い夢で、目が醒めたらいつものように、当たり前のように、あの声が、ぬくもりが、あるんだと信じていた。
 それなのに、どんなに泣いても喚いても、夢から醒めろと顔をはたいたりつねったりしても、嫌だと駄々をこねる子供のようにじたじたと転がりまわっても、残酷な現実は、そこにある。
 がらんとした隣、寒々しい空気。濡れた頬を拭ってくれる手はなく、大丈夫かと撫でてくれるおおきなてのひらもない。
 すがるように、微かな希望を持って周囲を見渡しても、望む姿はなく、あちこち探しまわっても求める存在がいない。
 きりきりと胸が痛い。苦しくて苦しくて、呼吸ができない。
 泣きすぎて、喉は枯れた。それなのに、次から次へと嗚咽は漏れる。
 繰り返し名前を呼んだ。
 何で、どうして、何で君が。
 頭を掻きむしる勢いで抱えて、大声で喚いた。
 いやだよ、いやだよ。行かないで、行っちゃやだ、いやだ、いやだ、いやだ。
 ほんの少し前まで、確かにそこに、手を伸ばせば触れられるくらいの距離に、確かに息づいていたのに。
 もう会えないの?
 もう声が聞けないの?
 もう呼んでくれないの?
 もうぎゅってできないの?
 もう、
 もう、
 ―――もう―――………



 ぼたぼたと零れ落ちる涙を拭う気力すらなくなった。
 流れるに任せた涙が、へたりこんだビルドの太ももに落ちた。涙染みが広がっているのをぼんやりと見下ろしながら、残酷に時間が過ぎていく。
 世界が、暗い。
 現実的な意味ではなく、抽象的な意味で。
 たったひとり。
 当たり前にいたその人が、突然いなくなってしまった。ただそれだけで、光が消えた。
 打ちひしがれて、言葉もない。泣き叫ぶ力もなく、どうしたらいいのかもわからない。
 手を差し伸べてくれた手はもうない。
 起き上がるには、自分で立ち上がるしかない。
 わかっていても、それが今は出来ない。出来ないんだ。出来ないんだよ。
 つらくてつらくて、胸が詰まる。くしゃりと顔がみっともなく崩れた。声もなく、慟哭する。
 ―――嗚呼。
 もう一度。
 会いたい、会いたい、逢いたい。
 逢いたいよ。
「シドー」
 心の底から、そう願った。
 ただただ、それだけを願った。



 ぐしぐしと、握りしめた拳で涙を拭う。
 よろよろと立ち上がり、深いため息を漏らした。気を抜いたら、またすぐ流れてしまいそうになる涙をぐっとこらえて、前を向く。
 恋しくて恋しくて仕方ない。
 だから、出来ることをなんでもしよう。君に逢えるなら、どんなことだってする。
 いつかの約束を思い出す。
 それをよすがに、ビルドは一歩をようやく踏み出した。