世話焼きシドー 幕間




 砂や岩、土くれなどで塞がり、採掘の手を長く拒んでいたオッカムルの坑道は、日を追うごとに復旧が進んでいた。
 主にビルドの手で、時にはゴルドンの手を借りて、堅い壁を壊し道を広げる。粉々に崩れた瓦礫の山はビルドの手によって回収され、それをも素材にしてオッカムル自体の復旧も進んでいた。
 荒れて壊れたバーや家もどきは今やしっかりとした壁で外壁が作られ、安心して休める場所や楽しめる施設がそれぞれ出来上がっている。壊れて途切れたトロッコ鉄道も地上に通じるまで修繕され、それにたくさんの採掘した鉱石を積載して、あらくれたちが地下と地上を行き来する。
 町の中は徐々に活気づき、気落ちしていた人々の顔には笑顔が零れ始めていた。
 そんな彼らと、自らの力を取り戻したいゴルドンからの依頼を受け、ビルドは毎日忙しく坑道と地上とを行き来していた。
 しかし、坑道が地下深くになるにつれ、徐々にそれが困難になってきたのは否めない。もちろん、みちびきの玉やワープを行使すればそれ自体は容易いものではあったが、進んだ先まで再度戻るのはかなり面倒でもある。
 普段は元気いっぱいとはいえ、やることは山ほどにあり、長く暗い坑道を駆けずりまわって鉱脈を探すのも骨が折れる。疲れがたまっていくのも当然だった。
 隠しきれない疲労が徐々に顔に滲んできた頃だ。薄暗い坑道を走りまわっていたビルドとシドーの目の前に、壊れた家屋が現れた。それは修理もされず放置され、今は何の目的で利用されていたのかは定かではない。しかし、その家屋を発見した瞬間、疲れた顔をしていたビルドの表情に変化が現れた。
 あ、と小さな声を上げて、ぱたぱたとその家屋に近づく。中を確かめればひどい有様で、果たして使えるものがあるかどうか。しかしシドーの目にはそう見えても、ビルドの目にはそうは映らないらしい。
 てきぱきとあっという間に壊れた瓦礫を片付け、使えない壁や床を張り替えてしまう。見る間にぼろ家がきれいな空間に生まれ変わる瞬間を感嘆とともに眺めながら、シドーはどうしてここに家があるのか不思議でならなかった。
 廃屋同然だったその場所の修復はあっという間だった。収納箱や作業台、わらのベッドが並べられ、ドアも真新しくなっていた。明かりも灯されて薄暗く息苦しい坑道内に、くつろぎのスペースが出来上がる。
 新たな空間の仕上がりに満足げに頷いて、ビルドはようやくシドーの方に視線を向けた。
「憶測だけど、ここはあらくれさんたちの休憩所っていうのかな、そういうスペースだったんじゃないかな。長いこと誰も使っていなかったみたいでずいぶんぼろぼろだったけど、そんな感じがする」
 そう口にしながら、ビルドはばさりと作業台の上に地図を広げた。
「今のところはここだけみたいだけど、前も焚き火が置いてあった場所があったし、そこも似たようなスペースなんだと思う。だからさ」
 そこまで言われれば、最後まで口にされなくともわかる。シドーはひとつ頷いて、それで次は何処だ? とにやりと笑った。そんなシドーにビルドはにこりと笑みを返して、休憩所を新設するのにちょうどよさそうなスペースを一緒に探る。
 坑道は深く長い。この先に行くには、さらに地下深くまで潜らなくてはならないだろう。そのたびにみちびきの玉の力やワープで地下と地上を行ったり来たりするのはやっぱり骨が折れる。
 自分たちの都合と、坑道内で働くあらくれたちのためにも、必要があればすぐに身体を休められる場所の建設は急務だった。
 それに、奥深くに進むにつれてモンスターの出現数や頻度もかなり増して来ている。いざというときに逃げ込める場所はあればあっただけいいとも感じていた。
 決断したビルドの行動は早い。必要な素材の数を確かめ、あらかじめ余裕を持って先に進む。その背中を追って、シドーも後をついていく。
 カンカンとあらくれたちがツルハシを振るう音が響く中、ビルドのハンマーの音も重ねて響き渡る日々がしばらく続いた。





 数日後、坑道内には片手ほどの数の休憩所が出来上がっていた。
 おおむねあらくれたちには好評で、休憩をしたいときやモンスターに追われたときに重宝されているようだ。
 助かるぜ、と好意的に肩を叩かれたり声をかけられ、ほっとする。やったな、とビルドとシドーは笑顔ではいたっちを交わし、数日間の苦労を労いあった。
 それからミルズに、毎夕の報告会への出席が、今後できない場合が出てくるかもしれないと相談すれば、事情を察して、ビルドたちが姿を見せなくても、つつがなく報告会は済ませておくぜと頷いてくれた。
 ただし、と一言置いて、絶対に、くれぐれも無茶はするなよときつく言い含められる。
 ミルズたちあらくれにとって、坑道はゴールドラッシュの奇跡を生む大切な場所でもあるが、おそろしい場所でもある。採掘には危険が伴い、暗闇にはいろいろなものがはびこる。狭く空気の通りは悪く、病気が蔓延することも多々あるし、落盤事故は最も危惧すべきことだ。だからこそ、くれぐれも気を付けるようにと伝えられていたのだ。
 毎夕の報告会は、あらくれたちの無事を確かめる大事な時間でもある。その報告会に顔を出さないのは彼らの不安を煽りかねないのだが、自分たちのために毎日坑道を駆けずりまわってくれるビルドたちに強く言えないのも事実らしかった。
 ともかく、戻ってこれそうもないなら新設した休憩所で必ず寝泊まりすること、無理に進まないこと、モンスターと無茶な戦闘をしないことなどをさらにきつく約束させられ、ビルドたちは再び坑道へと戻っていった。
 松明のあかりを頼りに、狭い道を進んでいく。ずいぶん整備が進んだ銅鉱脈周辺とは違って、まだこの辺りはぼこぼことしている。半端にトロッコ鉄道が敷設されてもいたが、すぐにそれは途切れてしまっていて使い物にならない。いずれそれも復旧をと思案するビルドの後ろを歩きながら、シドーはじっとその背中を見つめる。
 一番間近にいるシドーは、ビルドの限界を知っている。
 オッカムルに来てから生活習慣はずいぶん改まっていたが、ここ最近はそれもかなわなくなってきている。疲労はいよいよ蓄積してきていると感じていた。
 かといって、無理に休ませれば落ち着かないだろうことも予想はつく。だからこそ、無理に走りまわらないようにわざと松明を持たせて、慎重に歩かせていた。
 しかし、そろそろ早めに休むときだなとシドーは考える。先日作った休憩所は間もなくだ。夕方までは時間があるが、この際それはどうでもいい。
「ビルド、そろそろ休もうぜ」
 薄暗がりでもわかりやすいようにと、出入り口付近は可能な限り明るくしていた。それが功を奏して、遠目からでも目的地がわかりやすい。その明かりを指さしてそういえば、ビルドはまだ早いよ? と渋ったが、シドーが強引に手を引けば黙ってついてきた。
 ぎい、と音を立ててドアを開ける。地上のそれに比べて設備は簡素だったが、それでもモンスターが現れない空間というものはほっとする。屋内に入るなりあからさまに力の抜けたビルドの背を軽く支えて、さらに内部に足を踏み入れる。背後でぱたんとドアが閉まった音が聞こえたが、シドーの視線はビルドだけに注がれていた。
 坑道と室内とが遮蔽されると、ビルドはのろのろと椅子に腰を下ろした。シドー以外の人の目、モンスターの目がなくなって、緊張が解けたせいもあるだろう。急に疲労を感じたのか、移動する足取りは重い。ぐったりと椅子に座るビルドを見て、己の判断が正しかったことを確認しつつ、シドーはビルドの傍に寄った。
「……シドー?」
 同じように休むかと思われたシドーの影を間近に見て、落としていた視線を上げたビルドの顔色はまあまあだ。しかし少しだけ目元に隈が出来て、それが少々痛々しい。そっと目元をなぞってやると、ビルドは困ったように瞬きをしたが、抵抗はしなかった。
 そんなビルドの目元を数度撫でてから、シドーは一瞬屈みこむ。
 え、とビルドが事態を認識する前に、ひょいとその身体を椅子から持ち上げて、シドーは入れ替わるようにその椅子に腰を下ろした。それからすぐに、抱え上げたビルドの身体を片足の上に置く。
 件の体勢の出来上がりに、疲労困憊寸前だったビルドの顔に色が差した。
「し、シドー……今は大丈夫だよ」
 そういうものの、ビルドが自らそこを降りる様子は見受けられない。そのことに気分を良くしつつ、シドーは黙ってその身体をしっかりと支えたまま身じろぎひとつしなかった。
 そのままの状態で、しばらく会話もなく過ごす。しばらくして、ぽすんと肩にビルドが寄りかかってきた以外は何の変化もなく。
 ――どれくらい経っただろうか。ほんの十数分程度だったように思う。
 程なくして、ビルドがわずかに身じろぎをした。そんな彼が落ちないようにしっかりと腰を支え直すと、小さな吐息が聞こえてくる。
 うん? と視線を送れば、見られていることに気づいたビルドが顔を上げた。そしてふにゃりと笑ってくる。
 どきりとした。しかしそれをそうと悟られぬようにしながら、なんだと視線で問いかければ、ビルドは不思議だな、とつぶやいた。
 何が不思議なのかわからないシドーが首を傾げれば、ビルドは笑ってわずかに身を起こす。寄りかかっていたぬくもりが離れたのを残念に思いながら、片足の上で伸びをするビルドの答えを待つ。
「さっきまですごく疲れてた感じだったんだけど。……何か、シドーとこうしていたらすっかり元気になったなあって」
 ね、不思議だよね。
 そう笑いながら、ビルドは再びぽすんと寄りかかってきた。他愛のない重みを感じて、そしてビルドの発した不思議の内容も伴って、知らず口元に笑みが浮かぶ。
「そうか。オレもだ」
 自然と口に出していた台詞に、足の上のビルドの顔に赤みが差す。そうして、おずおずともう少しこのままでもいい? なんて尋ねられるが、断るはずもない。
 寝るまでこのままだ、なんて冗談を言えば、それはちょっと、なんて返しながらもやっぱりビルドは降りようとしない。
 そのことに気をよくしたシドー自身、何だか身も心も軽くなってきていることに気づいたのは、例のごとくビルドが寝落ちるまで世話を焼いた後だった。
 こうして不思議な疲労回復が行われた翌日、探しに探した鉱脈が見つかって大喜びしたのは言うまでもない。