世話焼きシドー 03話




 ゴロゴロと曇天の合間を縫って稲光が音を伴って走る。近くに落ちはしないだろうが、叩き付ける斜めぶりの雨はからっぽ島を駆け抜けるシドーとビルドに容赦なく襲いかかった。
 痛いくらいのそれは、いつもなら雨宿りを即選ぶほどに酷い。だが、今の二人にはそんな余裕も猶予もありはしない。
 連続して上陸してきたハーゴン教の魔物たちを辛うじて退けた直後で、疲労困憊もしている。だが、二人は必死に駆けた。
 ぬかるんだ地面がビルドの足を取る。転びそうになるのを危うく抱きとめて、戦闘後の怪我が治りきらない細い身体を引き寄せ、シドーは大丈夫かと問うた。
「平気」
 小さく、今にも泣きだしてしまいそうな、それでもぐっとそれを堪えているのがありありとわかる声で、ビルドは答えた。唇を引き結び、後ろ髪をひかれる思いを振りきって船着き場に向かおうとしているのだ。それがわかり、シドーは何も言えなくなる。
 ビルドを守ってやってくれ、と残してきた仲間たちに託された。彼だけは、ビルドだけは何としても守ってやらなければ。
 決意も新たに、シドーはビルドの手を握り直した。今は一刻も早く島を離れ、何処か別の場所で再起をはからなければ。
 残してきたルルたちは無事だろうか。新たに迎えた赤の開拓地の面々は戦い慣れているが、それでもあの容赦なく投入される魔物の数は厄介だ。怪我人も目立っていた。普段使いの予備にとビルドが作り置きしていた薬草は足りているだろうか。普段から怪我が絶えないビルドに、余分に作っておけよと言っておいたから、十分な数はあるはずだが。
 決して彼らが頼りないわけではない、しかし分が悪い。だからこそ、シドーまでもが後ろ髪をひかれる。
 けれど、何より最優先するべきはビルドだった。
 たった一人のビルダーの少年。このからっぽ島の希望。大切な相棒を、何としても守り抜く。
 遠く、船着き場が見えた。普段はのんきな船長も異変に気付いているのか、心なしか不安そうなのが小さく見える。
 あそこにたどり着けば、船に飛び乗って、他の島にまで行くことが出来たら。
 その思いむなしく、待ち構えていた魔物たちが見えた。先回りされたか。胸中で毒づき、背負った武器をシドーは構えた。
 数はさほどでもない。しかし、なかなかに強力なのが揃っていた。ビルドと繋いでいた手を離し、船長を頼むといいおいて立ち向かっていく。頷いたビルドが、縮こまって震える船長のもとに走るのを視界の隅におさめつつ、容赦のない力で獲物を振るった。鈍い金属音や打撲音が響き渡るが、斜め降りの雨音にかき消されていく。それでもとがった神経が、研ぎ澄まされた感覚が、ビルドの無事を常時確かめる。
 何とか魔物を撃退し、荒い息をつく中、事情を理解した船長とともに足早に船に乗り込んだ。濡れた甲板で、ビルドが俯いている。ぎゅ、と握りしめた小さな拳が震えているのが見えた。
 慰めの言葉は見つからない。
 今はただ、逃げることしかできない。
 歯がゆさが心身を苛む。それでも、シドーはただ一人の大切な友人を救うために、真っ暗な荒波をともに進むしか出来なかった。





 背中を押されて狭い牢に押し込められる。すでに中には人質になっていた船長が震えており、申し訳なさからか、頭を抱えて何度も謝罪を口にしていた。
 それはともかく、ビルドだ。三人同時に捕まったというのに、ビルドの姿だけが見えない。
 いやな予感が一瞬シドーの脳裏をよぎる。しかし、ビルドは程なくして同じ牢に押し込められた。…ほぼ全裸に近い状態で。
 ビルダーを相当警戒しているのだろう。あらゆるビルダー道具をはじめとして、荷物も衣類もすべて没収されていた。衣服すら恐れて、脱がせたらしい。下着一枚で放り込まれたビルドは納得がいかない風だったが、傍目には怪我もなくほっとする。
 ともあれ捕まってしまったものは仕方ない。同じ牢内にいられるだけましだ。そう思うことにして、シドーは己を納得させる。
 これから何処に連れていかれるのか定かではない。体力と気力を温存するためにも、じっとしておくしかできない。
 幸い、牢には粗末な寝床があった。シドー自身はどうとでもなるが、次々襲いかかってきたモンスターを相手に奮闘し、さらに島をぬれねずみになりながら駆け抜けたビルドは疲労困憊しているはずだ。それだけでなく、かなり気落ちもしている彼を、放ってはおけない。
 渋る風のビルドだったが、やがてあきらめたように横たわった。すぐさま眠りに落ちたのか、寝息が聞こえるが、覗き込んだ顔は穏やかとは言いづらい。
 胸に重苦しい何かがずしりとのしかかっている、そんな感覚を味わいながらシドーは眉間に皺が寄った寝顔を見つめ、同様に気落ちしてどんよりとしている船長にも、とにかく休むぞと声をかけた。
 そうして、薄暗い牢に三人押し込められたまま、ハーゴン教の船は海路を進み、やがて絶壁を有する島へと連行されていく。かんごく島――そう呼ばれる島まで、あと少し。することもなくまんじりともせず過ごしながら、ただただ、シドーは目の前で所在なげにしているビルドを守り抜くことだけを考えていた。









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[またここに戻ってこれる]
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