―――……何、あれ。
ルルは我が目を疑い、その大きな瞳を瞬かせながらその光景を確かめた。
時刻は太陽がゆっくりと波打つ水平線の向こうへ落ちる頃。青々とした空が橙へ、橙から濃紺へと移り変わり、染まっていく時分のことだ。
荒れて痩せた土地ばかりが広がる殺風景なこの島で、海のほかに唯一ルルの心を慰めてくれた、好ましい時間帯だった。
赤茶けた風景が果てしなく広がるからっぽ島。この島を開拓するために仲間を探してくると出港していったビルドとシドーがいない、決して短いとは言えない期間、一人残されたルルの生活の彩りはこの空だった。
しろじいというおおきづちの仲間がいるとはいえ、会話する相手も目を楽しませる風景や物事も限られていた間、移り変わりを楽しめるこのひとときはルルの楽しみであり、一日を無事平穏に終えることが出来た感謝の念とともに、床に就くまでゆったりと過ごせる貴重な時間だ。
そんな穏やかな時間が、今は一変してしまっている。
今朝、長い留守を経てようやくからっぽ島にビルドとシドーが帰島した。何人もの仲間を携え、この島にはない様々な物資や素材を抱えて戻ってきたのだ。
それはいい。
あんなに寂しかったルルの日々を吹き飛ばし、賑やかな笑い声が響き渡り、一人穏やかに空を見上げる…なんてことが出来そうにないことも、まあよかった。
けれど、それ以前の問題だとしか感じられない光景が、今ルルの目の前に広がっている。頭痛と眩暈がしそうだった。
そんな衝撃から立ち直ると、ルルはまだ数えられる程度しかいない仲間たちの間をすり抜けた。つかつかと足早に奥にあるテーブルに近づく。彼女の迷いのない、けれどもピリッとした空気を感じさせる歩調に、いつしか仲間たちの談笑が止んでいたことには気づいていたが、関係なかった。
数十歩もない短い距離は、あっという間にルルを目的のそこに辿りつかせるに至った。障害物もテーブルや椅子がちらほらと並んでいる程度で、その歩みを遮るほどではない。ずんずんといった勢いそのままに、ルルは到着するなりその唇を開き、「ちょっと、シドー!」といつもの口振りで呼びかけるつもりだった。が、とっさに口を噤む。
はらはらと成り行きを見守っていた他の仲間たちが、あからさまにほっとする気配を感じる。…知っていたのね、と胸中でぼやきながら、ルルは口元に手を当てた。勢いあまって声を出さないようにするためだ。そうしながら、恐る恐る目の前にいるシドーと、そして彼に支えられているビルドの様子を確かめる。
簡易的ではあるが、丈夫そうなテーブルと切り出した切り株の味わいが調和した椅子がセットになった食卓のひとつに、二人はいた。背もたれのない椅子に腰を下ろし、食事をとっている様子のシドーはまだいい。問題はビルドだった。彼は椅子に座ったシドーの片足の上に乗っていた。否、正確には座らされているといった方が正しい。シドーは器用にもビルドを足の上に乗せながら、片手で器用にビルドの口元にパンや野菜を運んでいた。そして利き手ではない方の腕でしっかりをビルドの腰を支えている。ぐらついたりはしていないのはさすがだと思うが、不安定な体勢は見ているだけで心配になる。まして、食事どきにその密着ぶりはどうなの……とルルは思ったが、至近距離に近づいてようやく事態を把握することが出来た。そして、ほとんど目が開いていない状態のビルドを確かめるなり、ため息をつく。
ビルドは相当眠いのだろう、と容易く判別がついた。
モンゾーラという島からからっぽ島に戻って早々に、景観作り、食料調達のための土地作りと畑づくり。人数分の寝床の確保に簡易的な小屋の製作。その他こまごまとしった雑貨類をはじめとして、整地もしてきた。おそらく食事もまともにとらず、不休でそれらを確保したビルドは、さらにルルを含めた新たな住人たちのリクエストにもこたえようと、バタバタと動きまわっていたのは知っている。多忙な一日は日暮れをようやく迎え、その物づくりの手を止めた瞬間、どっと疲れが出たのだろう。
そんなビルドを誰よりも間近で見守り、そして支えてきたシドーにとっては、勝手知ったる、ということなのか。眠くて仕方ないビルドが完全に寝落ちてしまう前に、食べやすくちぎったパンをその口に放り込み、咀嚼させている、というのがこの状況の理由らしかった。
椅子には背もたれなどないし、ビルドは今にも寝落ちてしまいかねないほどうとうととしている。単独でまともに座ってもいられないのが傍目にも分かった。それゆえの体勢だと、理解は出来る。出来るのだが。
「……もうちょっと…何とかならないの」
ぼそ、とつぶやいてしまったのは仕方ない。
だって、どうにもこうにもむず痒い。
こんな体勢、普通ではみられるものじゃないんだもの。
こういうのは大方、いちゃいちゃするバカップルとかがやるもので。
どういう思考回路で、こういう体勢になったんだろう。もっとこう、…………そこまで考えたところで、ルルは考えるのをやめた。
シドーの甲斐甲斐しい世話を、ぽやぽやと受け入れていたビルドが、へにゃ、と笑ったからだ。
「ありがと……シドー……」
小さな声で、ぽつりと落とされた声はとても安心しきっていて、やさしくルルとシドーの鼓膜を揺らす。
いつも元気がよく明るいビルドのそんな声音を聞かされては、文句など言えるはずもない。
ニコニコとした笑顔の絶えない少年が、安らかな寝顔でこてんとシドーの肩にもたれかかった。そうしてようやく、シドーの視線がルルに向く。
「こうでもしないと、食うのも忘れちまうからな、コイツは」
くてんと力の抜けたビルドの身体を大切そうに抱き寄せながら、それまで言葉を発することなく世話を焼いていたシドーが口を開いた。
その台詞に、からっぽ島を出てからの苦労がしのばれ、同時に二人がルルのいないところで育んできた関係性を垣間見た気がして、ルルは細く吐息を漏らすと、仕方ないわね、と笑った。
「よく寝てるわね。ゆっくり寝させてあげましょ。だけどシドー。あなたもちゃんと食べなさいよ?」
くうくうと穏やかな寝息を立てるビルドの様子を伺って、次いで世話に終始していたシドーに釘をさす。ビルドの世話ばかりでなく、自分もしっかり食べて寝なさい、と言い含めると、ルルはくるりと身を翻した。
成り行きを見守っていた新しい仲間たちが、ほっとした様子でそれぞれの食事に戻っていく。その仲間に入れて貰うべく、ルルはあいている椅子に腰を下ろすと、ビルドが作ってくれた食事に手をつけた。
甘い野菜の優しい味わいが口に広がる。そして、まわりにいる仲間たちのあたたかな談笑に、口元が綻んでいく。
殺風景だったからっぽ島に、彩りが新たに添えられる。
その両方を噛みしめつつ、そっと視線を向けた先ではシドーとビルドがまだ寄り添っていて、何だかその光景が眩しい。まるで幸せの象徴のように見えて、ルルは目を眇めた。
新たに建築している小さな家屋の壁を積み上げている最中のビルドの腹が、くう…と微かに鳴ったのが聞こえた。
すい…と視線を向けると、いつもビルドの顔に浮かんでいるニコニコ顔が心なしかしょんぼりしている。そして、おなかを押さえてうう…と唸っていた。だがそれもわずかな間で、すぐさまそんなことはなかったかのようにビルドは普請作業に戻ってしまう。けれどまた少しすると同じように腹が鳴り、おなかを押さえ……という状況が繰り返し行われていた。
そんなに腹が減ってるなら、何か口にすりゃいいのに……と黙ってその様子を眺めながらシドーは思う。けれど、ビルドは空腹を鎮めるよりも物づくりが最優先らしく、その手を休めようとはしない。そんなビルドを心配して、モンゾーラの仲間たちがそれとなく折に触れて休むように声をかけているのは知っていた。けれど、大丈夫だよ! とニコニコ笑われてしまうと、それ以上は何も言えなくなるらしく、みなそれぞれの仕事に戻っていく。そんな毎日だった。
そのような光景を日常的に目の当たりにし、耳にしてはいたものの、楽しそうに物づくりをしているビルドを見ていると、シドーの心は弾む。彼の手によって、何に使うのか一切わからない素材から新たな品物や建材が生み出され、ただの木材や土から新たな建造物が出来上がる。圧巻の眺めであり、もっと見たいと黙っていた。
だからシドーは知らなかったのだ。そして、気づく由もなかった。
人間が休まず、空腹の対処もせず、ひたすら働き続けることがどれほど恐ろしいことなのかを。
シドー自身がさほど空腹というものを感じない体質だったのが仇となり、余計に気づけなかったのも要因のひとつだった。
モンゾーラに到着して、どれくらい経っただろうか。
はじめは畑とも言えないささやかなものしかなかった拠点には、見違えるほどの規模の畑が出来上がり、雨風を凌げるものすら見受けられなかった場所には、簡易的ではあるものの小屋と倉庫が出来ていた。素材が心許ないからこれくらいしかできないけど、と申し訳なさそうにするビルドに、仲間たちはとんでもない、と笑顔で喜びを露わにする。その晴れやかな笑顔が、さらにビルドの頑張りに拍車をかけた。
ほぼ不眠不休と言っていい。碌に眠らず、食事もまともにとらず、時には拠点を襲撃するモンスターの撃退に参加し、文字通り東奔西走したビルドは、ある日突然糸が切れたようにぱたん、と倒れてしまった。
それまで元気に、休むことを知らず働き、動いていた細い身体が目の前でくず折れたとき、シドーは身体中の血液がすう…っと引いていく瞬間を初めて味わった。
慌てて抱き起したビルドは吃驚するほど軽く、そしてやつれていた。からっぽ島から出てきたばかりの頃は、こんなにも軽かっただろうか…?
指先まで血の気が引いていく感覚に襲われながら、慌ててビルドの身体を抱き上げて、拠点の小屋に駆け込む。血相を変えて戻ってきたシドーのただならぬ様子に、仲間たちが何事かと様子を見に来てくれたが、焦るシドーの要領を得ない説明に、困惑を隠せない様子だった。根気強く聞き入ろうとするものの、抱えたビルドを離してくれないので様子も見れない。困り果てた面々だったが、それまで黙って様子を見守っていたマギールが前に出てシドーを叱咤した。
ぐったりとした様子のビルドを見て、どうすればいいのか即座に判断した様子だった。いち早く仲間たちに指示をし、ソフィーとリズにあたたかく消化がよさそうなものを作るように言ったかと思えば、ドルトンとポンぺに安静に出来る寝床を確保するように促す。そしてチャコには身体を拭くものや着替えを用意するように言い、抱えたままのビルドを早く寝かせるようにと促してくれた。
言われるまま、半ば茫然としながらビルドを横たえる。力なく寝床についたビルドの傍から一時も離れたくなくて、シドーはその傍らに座り込みながら、己の不甲斐なさに自己嫌悪した。
物づくりを見ているのが楽しいからと言って、様子がおかしいビルドの無茶を放置するのではなかった。
空腹や疲労をさほど感じない自分と違って、ビルドのおなかは鳴るし、眠そうに欠伸をしたりする。横になるとものの数秒で眠ってしまうくらいにはそれを必要としているのに、シドー自身は平気だからと甘く、軽くみているのではなかった。
マギールは人間は食べなければ生きていけない、といった。眠らなければ身体がボロボロになるとも。それほど重大なことだとは思わなかった。
もし、このまま目を醒まさなかったら…とやや悲観的なことすら脳裏に浮かぶ。らしくない、と平常のシドーなら思うところだが、ビルドが絡むと楽観できない。
やつれてしまった頬を恐々撫で、シドーは固く目を瞑った。早く起きろ、起きてくれ。
何に願っているのかわからないまま、ひたすらそればかりを願う。
そんなシドーの力ない背中を見て、モンゾーラの仲間たちはこんこんと眠り続けるビルドの一刻も早い復調を願っていた。
――ビルドが目を醒ましたのは翌日のお昼で、その頃には不調からくる発熱もすっかり落ち着いていた。
それでもまだ熱の名残りが残った瞳は熱く潤み、瞼が開いて安堵するシドーの姿を映すそれは、ゆらゆらと揺らいでいる。
「大丈夫か?」
そっと声をかけると、ビルドは少しの間をおいてうなずいた。小さな声で、情けなさそうにごめん、と謝罪をするのが聞こえたが、何を謝る必要があるのかとシドーは首を振った。
無茶をさせたのは、シドーたちだ。
いつもニコニコして、頼みごとを断れない性質のビルドにあれもこれもと頼んで、頼りっきりになってしまって、さらにみるみる出来上がっていくものたちが嬉しくて、止めることを忘れてしまった部分さえある。責任はむしろこちらにあるのに、どうしてビルドが謝るのだろう。
気にするな、というのも違う気がして何も言えずにいると、ビルドはその身を起こそうとする。ハッとして慌ててそれを抑え込みながら、シドーは物を作るのが停滞してしまった申し訳なさにビルドが苛まれていることを理解した。
だがそんな不調の身体で、物づくりも何もないだろう。
「まだ駄目だ、寝てろ」
もがく身体を寝床に押しつけ、シドーはきつめにそういった。
「オレもチャコたちも、お前が一生懸命物づくりをしているのはわかっている」
だけどな、と言葉を区切り、シドーは不安が浮かぶ瞳に視線を合わせ、出来るだけ優しい手つきでまだ火照りを残す額を撫でてやりながら、言葉をつづけた。
「睡眠と食事を削って、身を切るように物づくりをするのはだめだ。それに気づいていて止めなかったオレたちはもっと悪いが、ビルド。どっちも気づかなかったふりをして、作業に夢中になりすぎるな。今回みたいにまたなってみろ、お前の大好きな物づくりが出来る時間がそのぶんだけなくなるんだぞ」
うまい説得の台詞など思いつきはしなかった。ただ、思ったことだけを口にする。
すると、ビルドはしばらく口を噤んだ後、おとなしく寝床に身を横たえ直し、うん、と頷いた。
「ごめん、シドー。僕、ちゃんとするよ」
そういったビルドだったが、物づくりに神経が集中してしまうと、やはりそれらの一切を忘れてしまうらしい。
何度言ってもきかないビルドに、やがて気の短いところがあるシドーが痺れを切らして、空腹を放っておくビルドを無理矢理食卓に着かせるようになるまでそう時間はかからなかった。
そして睡眠時間を削ろうとする相棒を見かねて強引に寝床にも連れ込むようになり、そのふたつを何度も繰り返していくうちに、現在の形が出来上がっていった。
今ではシドーに飯の時間だとホールドされれば、ビルドの睡眠スイッチが入るらしく、目あしょぼしょぼとし始める。そんなビルドを伴って食事場に来たシドーが、寝落ちそうになるビルドを支えて食べさせやすい状態を追求した結果が、今の体勢だ。
食べ終えればすぐにシドーの肩にもたれかかれるし、横向きにしているから口元に食べ物を運びやすい。利き腕はあいているので自分の食事もとれるし、全部終われば簡単にビルドの膝裏をさらって抱えることも出来る。一石二鳥どころではないのだ。もちろん、後ろからがっちり抱え込む術も試したが、それだとすぐにもたれかかれる上に安定性があるためか、座った瞬間ことんと寝落ちてしまう。多少でも腹筋に力が入り、不安定な体勢に置くことで、短い間でも起きていられる現状がベストだと判断した結果だ。
ビルドのそれよりはややおざなりに食事を済ませると、優しく見守ってくれる仲間たちの視線を受けながらシドーはビルドを抱えて寝床に向かう。
わらのベッドがずらりと並ぶ、みんなの寝床。その一角、出来るだけ出入りの音が聞こえない奥まったところにそっとビルドを下ろす。すうすうと穏やかな寝息が聞こえて、シドーはほっとする。
まだ記憶に新しい、ビルドが倒れたときのような、苦しそうな寝息はもうそこにはなかった。だが、いつだって確かめてしまう。また、あんな風になってしまったらと否が応でも考えてしまう。
そんなシドーの不安をよそに、うーん、と小さな寝言を伴って、ビルドが寝がえりを打つ。シドーの方へころんと転がってきた身体はあたたかい。そのぬくもりを感じて、落ち着きを取り戻したシドーは、当然のようにビルドの隣の寝床を確保して横たわると、そっと髪を撫でてやり、自らも瞼を閉じた。
そうして次の日も、また次の日も。身を置く場所がモンゾーラからからっぽ島に戻っても、再び別の島へと旅立っても。シドーは変わらずビルドを抱えて世話を焼き、そんなシドーに支えられてビルドは元気よく物づくりに没頭していった。
ビルドは不思議でならなかった。いったいいつの間に、自分の身体の中にスイッチが出来てしまったんだろう。
毎日楽しい物づくりに追われて、頭の中は設計図や組み立ての行程、仕上がりの想像図でいっぱいで、他のことなんて考えられないくらいだったのに。
モンゾーラで倒れて以来、良き親友で相棒のシドーが強引に休憩を促すようになった。
まだあれもしたいし、これの素材は足りない、あっちはまだやりかけで、と言い訳をするものの、だめだ、休憩しろの一点張りで許してくれない。
またやりかけのものが増えてしまった、と最初こそ頭を抱えていたが、休憩を取り入れることで頭が休まるらしく、新たなヒントが思い浮かびやすくなったことに気づいてからは、いやいやをする回数はぐんと減った。
それでも、ところどころですぐに思考回路は物づくりにとらわれて、食事や睡眠のタイミングを逃してしまう。
目ざとくそれを察知したシドーによって、食事や睡眠の確保を促されるようになり、次第にそれに順応した形で意識が変わってしまうようになった。
シドーが休憩を促す一声で作業をやめるタイミングを掴めるようになったのもあり、それと同時に張り詰めていた意識が解けて力が抜けるのか、眠気に襲われるようになってきた。それまではっきりと覚醒していたのに、パチンとそれが切り替わる。スイッチのオンオフをされているように。
ここ最近では眠気が勝って食事にありつけなくなることも出てきて、見かねた親友はまるで親鳥が小鳥に食事を運んでくれるように、ビルドの口に食べ物を押し込んでくる。
今日もそんな睡魔に半ば意識をさらわれてふわふわとした心地の中、口に放り込まれたものをもぐもぐと咀嚼していた。しかし睡魔が一瞬勝ってがくんと首が落ち、そのわずかな落下の恐怖感で目を醒ます。慌てて目をごしごしと擦り起きようとはするものの、またすぐにうつらうつらとしてしまう。
とろとろと眠りに落ちそうになる寸前、ビルドはぐいと力強い腕に引き寄せられるのを感じた。
「仕方ねえな」
ちゃんとベッドまで連れて行ってやるから、安心して寝てろ。
そんな囁き声に促され、素直に意識を手放したビルドは、あたたかなぬくもりに抱かれてぐっすりと寝入ってしまう。
翌朝目が覚めたとき、微かに鼻先を掠めたシドーのにおいと、身を預けた身体の感触の名残りは、ひどくビルドを落ち着かせてくれた。安心するといってもいい。
こんなに安心しきったことはなくて、ビルドは首を傾げたけれど、その理由はわからず終いだ。
「おい、そろそろ飯にしようぜ」
新たな物づくりの合間、不意にシドーのことを考えるようになったのはいつからだろうか。
身を預ける身体のぬくもりに安心するのは、どうしてなんだろうか。
知らず知らずのうちに、笑みが浮かんでしまうのは………
心にともった感情の名前に気づかないまま、ビルドとシドーの1日が終わり、また始まる。